処世術としての価値観
1.価値観の学習
倫理観や道徳心に反する行動をとった時に「悪いことをした」と感じますが、ではこの倫理観や道徳心はどのように獲得されるのでしょうか。
子どもの頃に大人から怒られるという経験をしますが、最初のうちは自分が何故怒られているのか分からないと思います。子どもとしては怒られたくないので、大人の言葉や自分の行動から「こういうことをすると怒られる」ということを学んでいきます。
この学びを繰り返していくことで、子どもは「怒られること」「褒められること」などのリストを自分の中に作っていきます。そして、そのリストを基準にしながら自分の行動を決めていくようになります。
怒ること、褒めることは個人が持っている価値観に従って為されますが、他者の価値観を自分の中に取り入れることを内在化と呼びます。子どもは内在化を繰り返すことで大人から怒られる前に行動を抑えるようにしたり、褒められようと行動を起こしたりします。
このような内在化された価値観のまとまりが良心や理想像、道徳心と呼ばれるものになります。
価値観の取入れと内在化は子どもの時にだけ起こることではなく、基本的には生涯に渡って続いていくものになりますが、価値観を提示する対象が家族、地域、社会と広がっていくに従って、価値観の幅が広くなっていき、自分の持つ価値観と相反するものも出てくるので、提示されたものをそのまま取り入れるということは難しくなります。
対立する価値観に出会った時には、無視したり合わせたり、もしくは新しい価値観を生み出したりするなど、なんらかの対処ができれば問題は起きませんが、うまく処理できない場合には罪悪感や不安などの感情が生じてしまうことがあります。
2.不自由さをもたらす価値観
価値観が強固であるほど多少のことでは揺らがなくなる半面、固すぎて柔軟性を欠く場合には融通が利かなくなり、状況に合わせて変化することが難しくなります。良心や理想に従って行動することは自分にとって正しいことであると感じられるため、それに反する行いは悪いことであると感じます。
自分にとって「すべきこと」「してはならないこと」を守ることが出来ている間は自分の行為と価値観が一致しているので問題はないのですが、守ることができなくなった時には行為と価値観が不一致の状態になってしまい、自分を責めたり、自己嫌悪に陥ったりするようになってしまうかもしれません。
自分の価値観を絶対視したり執着したりするようになると、感情や思考も自己非難の対象になってしまうことがあります。
たとえば、育児をしている母親がその大変さから子どもに対して拒否的な感情を抱いてしまい、そのことに強烈な罪悪感をもっていたことがありました。「母親は子どもの全てを受容しなければならない」という価値観が罪悪感を引き起こしているように思われました。
強すぎる価値観は人の行動だけでなく、感情や思考などの精神生活にも制限をかけてしまいます。結果として、許容できる物事の幅を狭めてしまい、出来ないことを責めるなど精神的に追い詰めることになってしまうのではないでしょうか。
3.価値観を相対化する
価値観はその人の生き方を方向付けているという点で重要なものではありますが、形作られる始めは「怒られないように」「褒められるように」といった、利益を得、不利益を被らないようにするための処世術であると考えられます。ある方法がうまく働かなくなれば、また別の方法を模索すればいい話なのだと思います。
ただ、価値観に支配されるようになってしまうと、その支配から脱け出すのはとても難しくなります。別の価値観を持つことが裏切りのように感じられたり、自分の一貫性が保たれなくなるような不安を感じたりするかもしれません。
一朝一夕にそのような状態から大きく変化することは難しいですが、変化のための端緒として、自分が持つ価値観を相対化することから始めてみるのがいいかもしれません。
自分がどんな価値観を持っているかを言語化してみて、似たものや反するものを挙げてみる。反する価値観は受け入れがたいかもしれませんが、そのような価値観も存在すると考えることは自分の価値観を絶対視しないようにするために役立つと思います。
この価値観が「正しい」から自分はこのように生きているではなく、自分にとって「しっくりくる」とか「都合がいい」から自分はこのように生きていると考えられるようになると、たとえ自分を苦しめた価値観を持ち続けたとしても苦しさも多少は和らぐかもしれません。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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