子どもの視線の向け方と社会性の発達
1.社会性の発達と自閉スペクトラム症/障害
人は群れ、集団をつくって生活している社会的な生き物です。食べ物を得ることや危険から身を守ることなど、集団でそれらのことに対処していくことが基本であるため、単独で生きていくことは難しく、望むと望まざるとに関わらず、他者と何らかの関わりを持ちながら生活していくこと、社会性を身に付けていくことが必要です。
社会性にも個人差があり、人と関わることが上手な人もいれば苦手な人もいますが、多くの人の場合では、社会生活が困難になるほど社会性が損なわれてしまうことは少ないと思います。上手苦手の違いはあっても成長の過程で社会性も次第に発達していきます。
ただ、社会性をうまく発達させていくことが難しい人たちもいて、そのような特性をもっていることを『自閉スペクトラム症/障害』と言います。
自閉スペクトラム症の疫学調査によると、研究によって差がありますが、1%~3%という結果が報告されています。自閉スペクトラム症では、社会性やコミュニケーションの発達が阻害されてしまうこと、常同行動や固執性の強さから他者との関わりや社会生活に困難を抱える人が多く、失業や引きこもりが問題になることもあります。
そのような問題に対して、現状では社会生活を送るために必要なスキルを身に付けたり、自閉スペクトラムの人が生活しやすいように環境を整えたりといった取り組みが主に行われています。
(参考・神経発達症の種類と特徴)
2.他者を見ることが社会性の発達に関係している
現状の取り組みはスキルの獲得や環境調整など、特性を変化させることを目的としているというよりは、特性を持っていることを前提とした上で、その特性を持ちながらどのように社会生活を送っていくかが取り組みの中心と言えます。
それらの取り組みとは違ったアプローチとして、発達の阻害されている社会性やコミュニケーションを伸ばしていくような取り組みも行われていましたが、個人によって結果が大きく異なるなど、一貫した効果が認められないこともあり、意見の一致するような有効な方法は見つかっていない状況です。
そのような中で、自閉症スペクトラムの社会性の発達を促す上でのヒントになるかもしれない研究が発表されていました。
自閉症小児が周囲の人を見ないことが、社会脳の発達を障害する可能性を示唆 ---早期行動療法の開発に有用か---
(国立精神・神経医療研究センター)
この研究は自閉スペクトラム症/障害と類似した状態像を示すマーモセット(新世界ザル)を対象に行った実験です。マーモセットはアイコンタクトを行った社会行動をとるのですが、この実験のマーモセットは視線が合わない傾向があり、それが人の自閉スペクトラムの特徴と一致するため、実験の結果が人にも応用できる可能性があるということです。
実験では子どものマーモセットが大人のマーモセットに、実験状況の中でどれだけの時間・頻度で視線を向けているか(社会的注意)が観察されました。その結果、自閉症マーモセットは対照群のマーモセットと比較して大人を見ている時間が半分以下であることがわかりました。
また、大人に成長した自閉症マーモセットの行動も観察され、不利益や不公平に関する判断、学習テストに対する結果について対照群のマーモセットと差が見られ、自閉症マーモセットに特徴的な行動は社会的注意の障害と強い相関がみられた、ということでした。
この実験研究の結果から、自閉スペクトラム症/障害において社会的注意の障害が社会脳の発達を障害している可能性があり、自閉症スペクトラムの子どもが周囲の人へ視線を向けるようにすることで自閉スペクトラム症/障害の早期治療につながる可能性があるとのことでした。
3.学習機会の少なさか脳の機能か
他者の行動を見て学ぶことは社会的学習と呼ばれています。たとえば、ある子どもが別の子どもが褒められている行動を見て、同じ行動をとるようになるなどです。
他者を見る時間が多ければ、それだけ社会的学習の機会も増え、学習が進んでいくと同時に脳の発達も促されるということなのだと思いますが、自閉スペクトラム症/障害の場合には他者を見る時間が相対的に少なく、結果として学習する機会が少なくなり脳の発達も促されにくくなってしまうということなのではないかと考えられます。
ただ、他者を見る時間と自閉スペクトラムの行動特徴に相関性が見られたということでしたが、因果関係的にはどう考えたらいいのかという問題があります。社会的注意が少ないから脳の発達が障害され自閉スペクトラム症/障害の行動特徴が見られるようになるのか、生まれつき脳の機能に障害があるために社会的注意を向けることが難しいのか。前者の場合であれば、他者に視線を向ける時間を増やすことで将来的な行動特徴は軽減されるかもしれませんが、後者の場合だと他者に視線を向けさせても将来的な行動特徴の変化は難しいかもしれませんし、また別の方法を検討することが必要になります。
因果関係が明らかになるかはわかりませんが、他者を見ること、社会的注意を中心とした介入方法が今後開発されていけば、その過程で色々な問題や課題が見つかるでしょうし、問題の発見とその対処を繰り返していくことで新たな知見の獲得や有効な介入方法の開発につながっていくのではないかと思います。
4.発達特性と情緒
自閉スペクトラム症/障害を含む神経発達症/障害の人の示す社会生活上の困難やうつ病、睡眠障害などは二次障害と呼ばれることがあります。もっている発達特性が一次的な障害であり、そこから派生して生じる障害なので二次障害ということですね。うつ病などの二次障害を治療しても元となる一次障害がある限りは繰り返し二次障害が生じてくるため、一次障害を治療していくことがより重要になると考えられます。
ただ、うつ病や睡眠障害が発達特性からのみ生じていることなのか、発達特性への対応が十分になされていればうつ病や睡眠障害は起こらないのか、という疑問もあります。
たとえば、社会的スキルを習得している人がうつ状態になれば、スキル学習の効率が落ちたり、そもそも習得する活動自体が困難になることもあると思います。他にも、今回の研究で示されたように社会的注意が社会脳の発達を促すのだとしても、他者を見ることを苦痛を感じている場合には、そのような介入方法は社会性の発達ではなく、何らかの不適応行動につながってしまう可能性が高いと思います。
神経発達症/障害を抱える人にとって、社会生活を送っていく上で発達特性に対応していくことが重要であることは間違いありませんが、本人の情緒に注目していくことも同様に重要だと思います。発達特性と情緒が今の状態にどのように関係しているのかを考えながら、どんなことに取り組んでいけるのかを検討することが大切なのではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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