摂食障害の発症に関与する要因の発見と今後の展望
1.食べることに関する困難
食欲、栄養を摂ることは生き物の基本的な欲求であり、食事は生きるために欠かせない行動のひとつです。また、ただ生きるためというだけなく、料理の味や見た目を楽しむことは生活に彩を加えるものでもあると思います。
もちろん、食事に対する興味・関心は人それぞれ違いのあるものですし、食事や料理の生活における意味合いは個々人によって異なってくるとは思いますが、いずれにしても生きていくために食べるという行為は必須のものです。
何らかの病気、あるいはダイエットなどによって食事制限が設けられることはありますが、お腹が空いたから、食事の時間だから食べ物を食べるということは多くの人にとっては自然なことなのではないでしょうか。
ただ、時にそのような自然な食行動が困難になってしまう人たちもいます。食べることをコントロールすることが難しくなって、食べることを止められなくなってしまったり、反対に不安や恐怖などの感情から食べることがほとんどできない、しなくなってしまうこともあります。
そのような食行動に対して困難を抱えている状態を摂食障害といいます。摂食障害では過食や拒食、食べたものをもどしてしまう行動が見られ、身体的な影響だけでなく社会生活上も困難の生じることが多く、場合によっては死に至ってしまうこともあります。
摂食障害の治療では、栄養状態や体重などの身体的治療と心理的な治療や支援を併せて行っていくことが重要と考えられています。
2.摂食障害の発症に遺伝子が関係している?
摂食障害の発症にはいくつかの説が唱えられています。心理的な要因に関して言えば、たとえば、過去のトラウマと食行動が結びついて食べることの困難が生じる、身体的な自己認知が歪んでしまうことで摂食障害が発症する、などです。
発症には複合的に要因が関与しているのかもしれませんし、現時点では明確な結論はでていない状況ですが、名古屋大学から遺伝子的な要因が関与しているという研究が発表されていました。
摂食障害の病態にシナプス機能の障害が関与 ~日本人患者を対象としたゲノム解析の知見~
(名古屋大学 研究成果発信サイト)
この研究は日本人女性を対象として行われたもので、摂食障害患者群と健常者群のゲノムコピー数変異(※)を比較しています。
(※通常、細胞のゲノムDNAは2コピー存在していますが、人によっては1コピー以下の領域(欠失)、3コピー以上の領域(重複)があり、欠失や重複の領域はゲノムコピー数変異と呼ばれています。変異は病的なものも病的でないものも含まれます)
研究の結果から
・ゲノムコピー数変異が摂食障害の発症に関与していること
・摂食障害と神経発達賞(発達障害)に共通の遺伝的要因があること
・神経細胞のシナプス(※)機能の障害が摂食障害の病態に関与すること
が示されました。
(※2つの神経細胞をつなぐ接合部をシナプスといいます。シナプスを介して神経細胞間の情報伝達がなされています)
研究のサンプル数が比較的小さいため(摂食障害患者70例)、今後さらなる追研究が必要としながらも、今回の研究の結果が診断や治療方法の開発、また摂食障害の病態解明に役立つことが期待されるということでした。
3.摂食障害と神経発達症の共通点と相違点
遺伝やゲノムに関しては門外漢になるので詳しい考察は難しいですが、結果のポイントについて少し考えてみたいと思います。
ゲノムコピー数変異が発症に関与しているということでしたが、ゲノム変異自体は特別な現象というわけではなく、頻繁に起こっているようですが、変異を修正する遺伝子が存在しているため変異が起こったとしても基本的には修正されるようです。
ただ、修正する遺伝子自体に変異が起こってしまうと変異の修正が行われず変異した遺伝子が残ってしまうようです。いつそのような変異が起こって残っているのかは偶発的なものかもしれませんが、もしそういった変異が次代に受け継がれるものだとすれば、ある程度事前にリスクの有無を知ることもできるのかもしれません。
神経発達症も遺伝との関連や脳神経系の機能障害が存在するのではないかと言われていますが、その点が摂食障害との共通点なのかもしれません。ただ、状態像としては違いがあるように見えます。ゲノム変異のリスク因子をもっていることが発症に関与しているとしても全ての摂食障害患者から見つかったわけではなく、また健常者群からも同様のゲノム変異は見つかっています。おそらくまた別の要因も関わっているのだと考えられますし、摂食障害と神経発達症に共通の因子があったとしても、複合する要因によって現れ方が異なるのかもしれません。
また、シナプスの機能障害に関しては摂食障害だけでなく、統合失調症など他の精神疾患でも見られるものです。一口にシナプスの機能障害といっても、どのような、あるいはどのように機能が障害されているのかによって病態は異なってくるのだと思います。
摂食障害と神経発達症におけるリスク因子と複合要因や神経系の機能障害の共通点と相違点が明らかになってくれば、発症に関わる要因や病態の違いなどの明らかになってくると思われます。摂食障害の特徴がより明らかになれば、ADHDの治療薬のように、摂食障害に有効な治療薬や治療法の開発が可能になるのかもしれません。
4.摂食障害の治療の難しさ
摂食障害の発症に関与する要因が明らかになったことは今後への一歩ではありますが、実際に有効な治療法が開発されるためにはさらなる研究と多くの時間が必要なことは間違いないと思います。
摂食障害は食行動に関する困難を抱えた状態なので、食べ過ぎてしまうことも全く食べないことも含まれるのですが、支援スタッフとして関わることが多いのはやはりほとんど食べない、または食べても戻してしまう方です。
摂食障害の治療は難しいと言われますが、その理由のひとつは患者さん本人の病識のあり方が関係しているように思います。本人にとっての問題点は自分の体形、太っているという感覚にあることが多く、食べないことや体重が落ちていくことに問題意識をもつことは少ないため、本人と周囲で問題意識がずれてしまい、それによって相互の理解を進めることができず、治療自体を始めることができない場合もあります。
また、食べないことは身体を細くしたり体重を落とすためにしているのであって、食欲がないからではありません。そのため時に食べることを止められなくなることがありますが、太るわけにはいかないので食べたものを戻すことになります。そのことが罪悪感を強めたり自尊感情を傷つけたりして、より治療が困難になってしまうこともあります。
現時点では、摂食障害に特別有効な治療方法はないため、身体面の健康管理を行いながら心理面のケアを継続していくことが基本的な治療方法になります。治療への合意をつくっていくことも一筋縄ではいかないかもしれませんが、今後の研究によって有効な治療法の開発を期待したいです。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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