トラウマを表現すること ~解放体験と再外傷体験~
1.カウンセリングは話すことが中心
カウンセリングはクライエントとカウンセラーの対話を中心に進んでいきます。自分の気持ちや考えを話すことで、抱えている問題や自分自身に対する気付きを得たり、理解を深めたりすることを目指していきます。そこから問題解決や自分を変化させていく方法を見つけていきます。
話す内容やどんなふうに話していくかはカウンセリングの目的や方法によって少し変わってきます。たとえば、抱えている問題に関することを中心に、話す内容をある程度限定して焦点を絞って対話を進めていくこともありますし、特に話題を限定せず思い浮かぶままに話をしながら対話を進めていくこともあります。
問題の解決に向けた対話をする時には話題を絞った方が話を進めやすいかもしれませんし、問題や自己に関する気付きや理解を得ようとする時には話題を限定しない方が様々な観点が出てくるかもしれませんが、カウンセリングを進めていくためにはどちらも必要になってくると思います。
2.言葉が出てこない時
カウンセリングでは自分の考えや気持ちを言葉にしていくことが大切です。ただ、言葉にすることが常にできるとは限りません。言葉にしようと思ってもなかなか言葉が出てこないということもあります。
たとえば、言葉にすることに抵抗を感じることがあったり、自分の中に何かがあってもそれをうまく言葉にすることができなかったり、そもそも言葉にすべきことが浮かんでこなかったりすることもあります。
言葉が出てこない理由は色々ありますし、単純に適当な言葉が見当たらないだけということもありますが、自分の意志に反して言葉にすることが難しいと感じる場合には何かしら言葉にすることを妨げるような力が自分の中で働いているのかもしれません。そのような力は意識されにくいもので、なかなかどんな理由で妨げになっているのか気付くことが難しいことも多いですが、なんらかのトラウマが関係していることが少なくないように思います。
自分にとって苦痛に感じるような事柄は思い出したり言葉にしたりすることを避けたくなることは自然なことだと思いますし、トラウマが原因となって言葉が出てこないこともあり得ることです。
3.トラウマを表現すること
トラウマが関わるような事柄は言葉にすることが難しいといいましたが、言葉にすることが不可能というわけではありません。自身に対する気付きや理解を深めていくことで、トラウマに関連する事柄が心の中に浮かび上がってきて、そこで言葉にできることがあります。
自分の中で抑えられていたものが表現される時に起こることとしては、大きく2つに分けられると思います。トラウマから解放されたような感覚、カタルシスと呼ばれているような感覚が生じてくるか、あるいは、より強く自分とトラウマが結びついてしまうような感覚、トラウマの固定化・強化です。
解放と固定化は全く別の現象というわけではなく、同じベクトル上の一方の極と他方の極と考えることができると思います。感覚的にどちらの要素が強いかというのはありますが、トラウマを表現した結果には両者の要素が含まれると思います。ただ、後述するように固定化・強化された際の悪影響はかなり大きいように思われます。
3a.解放的体験
何かを抑えるためには力が必要ですが、それは心理的な事柄であっても変わりません。トラウマに関連する事柄に脅かされないように自分の中のエネルギーの一部を使って抑え続けています。意識に上りにくかったり言葉が出てこなかったりすることはその表れの一種といえます。
ただ、意識されなかったとしても力を使って抑え続けるのは緊張を強いるものです。気分の大きな変化や不安感はそのような意識されない緊張が意識上に表現されたものかもしれません。強く力んだ状態から一気に力を抜くとリラックスした感覚になることがありますが、それが心の領域で起こることがカタルシス、解放的体験になるのだと思います。
トラウマは、場合によっては何年もの間エネルギーを使い続け緊張状態が続くことが少ないありませんが、そのような緊張状態が一気に解かれたとすれば、それはかなり強烈な解放的体験になるかもしれません。
3b.再外傷体験
何かについて言葉にしようとする時、その何かに関する記憶が活性化されることになります。トラウマに関する記憶が出来事なのか感覚や感情なのか違いはあるかもしれませんが、その時の、あるいはそれにまつわる記憶を思い浮かべながら言葉にすることになります。
記憶が活性化されるということは、その時と全く同じではないにしても、外傷的な体験を追体験にすることにつながります。追体験に対する備えができている状態であれば、様々な感覚や感情が湧き上がってきてもそれを受け止めることができるかもしれませんが、備えがないまま活性化させてしまうと、思い起こすこと自体が再び外傷体験となってしまうかもしれません。
トラウマを言葉にすることができるからといって必ずしもその備えができているとは限りません。備えができていないまま繰り返し言葉にし続けてしまうとすれば、トラウマが固定化・強化されて、対応できる可能性を失ってしまうことになってしまうかもしれません。
4.大胆さよりも慎重さ
トラウマを言葉にすることによってカタルシスが起こるか、固定化・強化が起こるかは実際に言葉にしてみないとわからないところがあります。トラウマが言葉にされることによって、それまで抑え込むという関わり方だったトラウマに対して、新たな関わり方が求められることになります。そこでどんな関わり方をするかでどんな反応が起こるかが変わってくるのかもしれません。
トラウマを今までよりも自分と離して、距離をおいて眺めることができるならカタルシスが起こるのかもしれませんし、トラウマに圧倒されてしまうと固定化・強化が起こるのかもしれません。
固定化・強化が起こる可能性を考えれば、トラウマはただ表現されればいいというものでもありませんが、トラウマが関係する心の問題から生じる悩みや困り事が、日常の生活が困難になるほど大きくなってしまった場合には、そのままにして放っておくというのは難しいでしょう。
トラウマに直接触れていくのか、あるいは間接的・周辺的に触れていくのかはカウンセリングの過程によって変わってきますが、どのような形で触れていくにしてもそのために準備をしていくことは必須のことです。熱した鉄を素手で触れば火傷をしてしまうように、無造作にトラウマに触れてしまうと、場合によっては取り返しのつかないことになってしまう可能性もあります。
トラウマについて心理的な作業を進めていく時には、備えの準備をしていきながら、触れられるという安心感と触れられないという不安感のバランスを見極めながら少しずつ進めていくことが重要だと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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