トラウマへの対処メカニズム ~抑圧される記憶と解離される体験~
1.記憶の思い出しやすさと記憶の変化
人は毎日色々なことを記憶しています。基本的には経験した全てのことは脳に記憶されているのですが、記憶した事柄をいつでも自由に思い出すことができるかというとそういうことはなく、はっきりと思い出せる事柄もあれば、ぼんやりとした記憶であったり全く思い出せない事柄であったりすることもあります。
記憶をはっきりしていたりぼんやりしていたりといった違いは、その時の意識や気分の状態、時間経過、繰り返しの経験か1回限りの経験かなどなど、色々な要因によって記憶のされ方には違いが起こってきます。
たとえば、食事を摂ることは毎日のことになりますが、1週間前に食事をしたこと自体は覚えていても何を食べたかは思い出せないかもしれませんし、普段口にしないようなものを食べた時には多少時間が経ってもいつ食べたか思い出すこともできるかもしれません。
また、記憶は時間とともに変化していきます。忘れてしまったわけではなくとも、誰かと過去の出来事について話をしていて話がかみ合わなかった経験をしたこともあるのではないでしょうか。
記憶のされ方、思い出しやすさ、変化は認知特性の影響を受けて個々人で異なってきます。同じ体験をしたとしても同じように記憶されているとは限りませんし、ある人にとっては強く印象付けられることでも他の人には印象の薄いことかもしれません。記憶は明確ではっきりしたものと感じられることであっても思いのほかあやふやなものなのだと思います。
2.意識に上らせないためのメカニズム
記憶の定着は一様ではなく個々の出来事間で違いがあり、またその定着の仕方の違いによって思い出しやすい記憶、思い出しにくい記憶があることが、認知的な要因によって生じることを上項では書きましたが、記憶に違いが生じる要因は認知的要因だけではなく、心理的な要因によっても生じています。この場合、記憶とは出来事の記憶だけに限定されるわけではなく、個人がもつ感情や価値観なども含まれています。
たとえば、好きと嫌いのような相反する感情が同時に存在すると葛藤が起こります。葛藤が強くない時には多少悩む程度かもしれませんが、葛藤が耐えがたいほど強くなってしまうと両方の感情を抱え続けることが難しくなります。そんな時にはどちらか一方の感情を抑え込んで意識に上らないようにすることで、少なくとも意識の上では葛藤を感じずに済むようになります。抑え込むことで感情の記憶を思い出しにくくするというわけです。
あるいは、受け入れがたい記憶を自分自身から切り離して、その記憶と自分との関係性を弱めることで苦痛を和らげることもあるかもしれません。トラウマへの対処として起こることが多いように思いますが、自分が経験していることがどこか遠い世界で起こっていることのように感じられたり、他者視点にはなりますが、まるでその出来事がなかったかのように振舞っている様子を見たりすることがあります。ある記憶を自分とは無関係なものにすることで、その記憶からの影響を弱めようとしているのだと思います。
上に挙げた例は、前者は抑圧、後者は解離と呼ばれているものです。どちらも自分が感じている苦痛を和らげるための対処方法ですが、その記憶が自分にとってどのように感じられるかに違いがあります。
2α.抑圧の特徴
前述のとおり、抑圧は不安や葛藤を和らげるために、それを生じさせる記憶を意識に上らないように抑え込むことですが、抑え込んだものは基本的に表に出てこようとする力をもっています。その力が小さければ抑え込むだけで意識に上りにくくなりますが、力が強くなるとただ抑えるだけでは不十分になってしまうため、その抑え込んだ記憶に何らかの加工を加えることがあります。
たとえば、上述の好き嫌いの場合、嫌いの感情を抑え込み、さらに嫌いの感情を好きの感情であるかのように自分に思い込ませることで好きの感情をより強化することもありますし、怒りの感情を表に出すことが出来ない場合に行動へのエネルギーに方向付けたりすることもあります。
そのような記憶の加工はうまくいかない場合もありますが、抑え込んだ後の対処法に複数のバリエーションがあるというのが抑圧の特徴と言えます。
2β.解離の特徴
解離は受け入れがたく苦痛を感じるような記憶を自分自身から切り離すものです。自分とその記憶のつながりを薄め弱めることで苦痛を和らげるのですが、記憶そのものが消失するわけではないので、その記憶がたとえ意識に上らなかったとしても、自分の中に自分でないものがあるような感覚、違和感や異物感を抱えるようになるかもしれません。
切り離した部分がより大きい場合には、その部分が自分の意志とは無関係に動いているように感じられることもあるかもしれません。少しわかりにくい表現かもしれませんが、たとえば、身体が動かない、見えない、聞こえない、話せないなど、自分の一部がコントロールできなくなることは解離と関係していることもあるかもしれません。一人の中にまるで複数の人格が存在しているかのような状態である解離性同一性障害は解離という現象の最たるものと思います。
自分ではない自分、自分ではないものが自分の中に存在しているような感覚が解離の特徴と言えると思います。
3.自分の死角への気づき
人は日々の経験の中で膨大な量の事柄を記憶しています。ただ、その全てを意識的に扱うことは不可能ですし、仮に意識的に扱おうとすれば、すぐにパンクして意識がとんでしまうのではないかと思います。そういった事態を避けるために認知的・心理的な記憶の取捨選択メカニズムが働いています。
その意味で抑圧も解離も正常な心理的プロセスの一部であり、抑圧や解離が起こっているから問題がある、というわけではありません。問題があるとするなら、何らかの困り事が生じているのに、それでも抑圧や解離のプロセスが継続してしまい、気づかなければならないことに気づけないことにあります。
ただ、認知的・心理的な記憶の取捨選択メカニズムは人の意識しないところで働いているため、経験が記憶される時点で気づくべきことに確実に気づくというのは難しい、というかほとんど不可能なことではないかと思います。
しかしながら、どんなことが、あるいはどんな部分が意識から除かれているかについて知るための手掛かりはあります。それはたとえば、うっかり言ってしまったことだったりついやってしまったことだったりなど、自分自身の普段の行動から気付きを得ることはできると思います。
自分に何が見えているのかを考えていくことで自分自身の死角に気づくことはできると思いますが、一人でその作業を続けていくことはなかなか難しいと思います。そんな時は誰かに相談しながら自分の見えていないものを探していくというのもひとつではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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