心理カウンセリングにおけるクライエント-カウンセラー関係について
1.心理カウンセリング関係の多重性
カウンセリングは何かしらの困りごとや悩みを抱えた相談者と専門知識・技能をもったカウンセラーとの間で行われる支援活動のひとつですが、相談をする側・相談を受ける側という関係性だけでなく、いくつかの関係性が重なっている活動でもあります。そのような関係の性質の重なりはカウンセリングの当事者に意識的・無意識的な影響を与え、当事者同士が相談内容について論理的・客観的な観点から話し合いだけでなく、主観的で情緒的なやりとりなど、カウンセリングに参加する者同士の間で起こるコミュニケーションをより複雑なものにします。
相談に関する関係性
相談をする側・相談を受ける側という関係はカウンセリングを行うための前提となる関係です。カウンセリングに参加する双方が相談をする立場、あるいは相談を受ける立場ではカウンセリングは成り立ちません。言うまでもないことのように思うでしょうが、相談活動を行うにあたって当事者双方の間で立場の違いがあるということを押さえておくことは重要なことのひとつです。
当事者間で立場が異なるということは、カウンセリングに対してどのように関与するか、その仕方が異なるということです。相談をしようと決める動機は様々な理由があると思いますが、基本的には何らかの困りごとや悩みを抱えてカウンセリングに訪れます。相談をする側は自分の抱える困りごとや悩みを中心に自分自身のことを話していき、相談を受ける側は相談者の発するメッセージに耳を傾けます。相談を受ける側が何のメッセージも発しないわけではないですが、少なくとも相談をする側が個人的な事柄を話していく量に比べると、相談を受ける側の個人的な事柄を話す量は相対的に少なくなります。話すにしても相談者に対する理解を伝えたりアドバイスをしたりなど、相談内容に関連して必要と考えた上で個人的な事柄を交えて話すことが多いと思います。
カウンセリングの当事者の双方は、その過程でカウンセリングの場に様々な素材を持ち込みます。それには主訴に関する事柄だけでなく、双方の記憶や感情なども含まれていますが、少なくともカウンセリングの場で扱われる素材の多くが相談する側から発せられたものであるという点で、カウンセリングにおける両者の役割は異なっており、非対称的な関係と言えます。
専門性に関する関係性
相談をすること自体は日常的なものであり、相談を受ける側が必ずしも何かしらの専門性を有しているとは限りませんが、カウンセリングは専門家による相談支援活動になりますので、相談を受ける側は専門的な知識・技能をもっていることが前提となります。心理カウンセリングの場合、カウンセラーは心理学に関する専門知識・技能をもっており、心理学的な観点から相談支援を行っています。
前項でカウンセリングの当事者双方はカウンセリングの場に様々なものを持ち込むと言いましたが、相談をするクライエントが相談内容に関する個人的な事柄を持ち込むのに対して、相談を受けるカウンセラーは主に自分の専門性に関する事柄を持ち込みます。カウンセラーは相談者が発したメッセージに対して、さらに話を促したり、理解を伝えたり、アドバイスを行ったりするわけですが、それらは基本的にカウンセラーのもつ専門性を背景に行われていると考えられます。
専門性に関して言えば、クライエントが相談内容に関する専門知識・技能を有しているかどうかは問われません。もっていなければならないということは当然ありませんし、もっていてはならないということもありません。心理カウンセリングでは、心理学の専門性を有しているからと言って、自分で自分の問題を解決できるとは限りませんし、カウンセラーとして働いている人がクライエントになることもあります。クライエントがどんな知識・技能を有しているはクライエントの個別性ということになるので、その個別性によってどんなカウンセリングが行われるかが異なってきます。
カウンセリングの意義から考えれば、カウンセラーが専門性をもち、クライエントについてそれは問われないというのは当たり前なのですが、この専門性に関しても相談することについてと同様に一方と他方で非対称的な関係になります。
個人と個人の関係
上記したふたつの関係はカウンセリングにおける非対称的な関係でしたが、カウンセリングでは非対称的な関係性だけでなく、対称的な関係性も存在します。カウンセラーは相談を受ける立場、専門性をもつ立場であると同時に、一人の人間としてもカウンセリングに関与していますし、クライエントは自分のことをただ話すだけではなく、カウンセラーがどんな人間なのか、どんな意図をもっているのか、自分のことをどう思っているのかなど、カウンセラーのことを見ながら色々と思いを巡らせているものだと思います。カウンセラーがクライエントを理解しようとしているのと同様に、クライエントもカウンセラーを理解しようとしています。クライエントとカウンセラーが相互に相手を理解しようとしている関係は対称的なものと考えられるのではないかと思います。
このような対称的な関係性が前面に出てきていて常に意識されているとは限りません。むしろ意識されていないことの方が多いように思います。カウンセラーは相談を受ける立場、専門性をもつ立場であるため、カウンセラーの個別性はそれらの関係性の背後に隠れてしまいがちになりますし、クライエントとしても自分が相談に来ている状況でカウンセラーにあまり個人的な話をされても困ってしまうように思います。そのためクライエントとカウンセラー双方の要請から、カウンセラーの個別性は背景に退いてしまうことが多いと思います。
ただ、背景に退いていたとしても個人と個人の関係性がなくなるわけではないので、たとえ意識されなかったとしてもカウンセリングの中で起こるやりとりに大なり小なり影響を与えています。
関係の重なりの影響
カウンセリングにおける関係性はその場に参加する個人の言動を規定する側面があります。たとえば相談に関する関係性は、相談する側が話すことを、相談を受ける側が聞くことを求めるでしょうし、専門性に関する関係性は、クライエントには主観性を、カウンセラーには客観性を求めるかもしれません。あるいは個人的な関係性はカウンセリングの参加者により自由に振る舞うことを求めるかもしれません。
それぞれの関係が求める方向性が一致している場合、そこに違和感が生じることはないのでカウンセリングの当事者の間で関係性が意識されることは少ないように思います。しかし、それぞれの関係が求める方向性が一致しない場合には、それぞれの当事者の中で、そして当事者間で葛藤が生じることになるかもしれません。たとえば、クライエントがカウンセラーの個人的な事柄を聞きたいと思ってもカウンセラーは話さないかもしれませんし、クライエントとしても聞いてはいけないような気がするかもしれません。
関係の求める方向性が一致している時には、カウンセリングがスムースに進んでいるように感じられるかもしれませんが、葛藤が生じている時には、カウンセリングは停滞して意味のあるやりとりができていないように感じるかもしれません。そのような時にこそカウンセリングにおける関係性に意識を向けてみることが大事になります。求められているものと求めているものを整理していくことで、葛藤状況を解きほぐすための手掛かりが見つかるかもしれません。
2.コミュニケーションの多重性
カウンセリングではいくつかの関係性が重なっているのですが、同じようにコミュニケーションもいくつかの様式が重なっており、そうした重なりもカウンセリングの参加者間のやりとりに影響を与えています。複数の様式が重なりそれらが同時にやりとりされることでコミュニケーションに奥行きを与えると同時に、複雑なものとなり、齟齬が生じる要因ともなります。
言語的なコミュニケーション
カウンセリングに限りませんが、人と人とのやりとりは基本的に言葉を通して行われています。ある言葉に意味を持たせ、その意味を共有することで言葉でのやりとりに意思疎通の機能を持たせることができます。仮に意味の共有が為されていなかったとすれば、それは言葉というよりはただ音であり、意思疎通をすることはできなくなってしまいます。乳幼児にとって「ママ・パパ」というのは、最初はただ音ですが、その音が指し示す対象が母親・父親であることを学習することで、意思疎通の手段として「ママ・パパ」という言葉を使うことができるようになります。
カウンセリングにおいても音を言葉として確立させていくという作業は重要になります。クライエントとカウンセラーの言葉のやりとりにおいて、大抵のものは意味の共有ができていると思いますが、心の中のものが全て言葉にできているとは限りません。ある音を使ってもしっくりこない場合もありますし、そもそもどんな音を使えばいいのかわからない場合もあるかもしれません。そのため心の中のことを音として表現し、それをお互いの間で言葉にしていく作業が必要になります。
言葉の意味は、もちろん辞書的な定義はありますし、それを知っていることで多くの人との間でコミュニケーションが成り立っているわけですが、実際の言葉の使われ方には個々人によって意味の幅があったり揺れ動きがあったりします。人によって微妙に異なる意味合いで使っていることもありますし、同じ人の中でも場面や相手によって意味合いが異なることもあるかもしれません。カウンセリングでの言語的コミュニケーションは一般的な意味と個別的な意味合いの間でやりとりが起こっています。その両者を撚り合わせていくことで、そのカウンセリングの独自性が次第に明らかになっていき、それによって自己理解や関係性の理解が深まっていきます。
非言語的コミュニケーション
コミュニケーションはそこに参加する人同士が意味のやりとりをするプロセスです。意味の伝わりやすさという点で言語的なコミュニケーションが中心になるのは間違いないですが、言葉でのやりとりがコミュニケーションの全てというわけでは当然なく、言葉によらない意味の伝達も行われています。
非言語的コミュニケーションには色々なものが含まれています。声の大きさやトーン、抑揚など音声に関するもの、表情や視線など顔の動きに関するもの、身振り手振りや向きなど体の動きに関するもの、より全般的な態度などなど。何かしらの意味を伝えているかもしれない動きは色々ありますが、非言語的コミュニケーションを難しくする要因として、動きに意味があるのかどうか必ずしも明らかではないことです。意識して動きを見せている場合もありますが、おそらく無意識的な動きの方が多いのではないかと思います。そのため受け手が何かしらの意味を感じたとしても出し手はそれを否定するかもしれません。非言語的コミュニケーションで意味を伝える難しさもあり、より明示的な言語的コミュニケーションの方に意識が向きやすいのだと思います。
ただ、心の中のものを言葉にしていく際に、非言語的コミュニケーションはとても重要なものです。というのも言葉として表現が難しいものであっても言葉以外の形であれば表現されているかもしれないからです。音を言葉にすると言いましたが、その音も最初は非言語的なものであるかもしれません。非言語的にどんな意味合いが発されているのかを考えてみることで、言葉にしようとするものの手掛かりが見つかるかもしれませんし、また意識を向けていないものに意識を向ける機会になるかもしれません。
感覚的コミュニケーション
言語的コミュニケーションも非言語的コミュニケーションも、意識しているか意識していないか、明示的か黙示的かといった要素はありますが、どちらも何かしらの形で表に出てきているコミュニケーションの様式です。そのためその意味が明らかでなかったとしても言葉や動きについてコミュニケーションの参加者同士で扱うことが可能なものです。
ただ、人が行うコミュニケーションの様式は言語・非言語の形で表に出てくるものだけではないように思います。言葉にすることはできないけれどなんとなく感じるもの、あるいは雰囲気のように漂っているように感じられるものなど、そのような感覚的、直観的な水準におけるコミュニケーションもあるのではないかと思います。場合によっては空想あるいは妄想のように感じられることもあるでしょうし、特に社会的な場面では自分の抱く「感じ」を他者に伝えることが難しいと感じることもあると思います。
たとえば、仕事をしていて退社時間になったけれど誰も帰らなかったとします。自分の仕事は終わっているし残るようにも言われていない。帰っても特に問題はないのかもしれないけれどなんとなく帰りづらい。帰りづらさは自分だけが感じているかもしれないし、他の人も感じているかもしれない。誰かが言語的・非言語的に帰らないようにと表明したわけではないけれど、やっぱりなんとなく帰ることをためらってしまう。
このようになんとなくそんな「感じ」がするという場合は感覚的なコミュニケーションが起こっているのかもしれません。もちろん「帰りづらい」と必ずしも言葉にできるとは限らず、なんとなく違和感がある程度のこともあると思います。感覚は言葉にしづらいですし、人それぞれ感じ方は異なるので共有することは難しいかもしれませんが、何かしら共通する「感じ」を抱いていることはあるかもしれません。心理カウンセリングでは、言語的・非言語的コミュニケーションに加えて、感覚的コミュニケーションもカウンセリングにおけるやりとりで考慮していくことが重要であると思います。コミュニケーションを多層的に捉えることで、意味合いを理解する手掛かりが見つかりやすくなると思いますし、意識されているものだけでなく、意識されにくいものに接近する足掛かりなるのではないかと思います。
3.まとめ
カウンセリングはその場に参加する双方が話をしながら進めていくものですが、そこでの関係の在り方やコミュニケーションの様式は単一的なものではなく、多層的なものであり、複数のものが重なり合って参加者同士のやりとりを形作っていくため、両者のやり取りは複雑なものとなります。表面上は齟齬のないやりとりに見えたとしても、それぞれ理解している事柄が異なっている場合もありますし、意識されていなかった事柄が大きな影響をもっていたという場合もあります。
3つの関係性
カウンセリングにおける関係性は3つ挙げました。相談活動に関する関係性、専門性に関する関係性、個人と個人の関係性です。相談活動に関する関係性は相談する立場と相談を受ける立場の関係性であり、基本的にカウンセリングは相談する側の話す内容を中心に進んでいきます。相談する側が自分自身のことについて話し、両者はその事柄について考え話し合っていきます。相談を受ける側も個人的なことを話すことがあるかもしれませんが、それはほとんどの場合、相談する側の内容の理解に関わることやアドバイスを伝わりやすくするためであることが多いと思います。
次に専門性に関する関係性は専門性を求められる立場と求められない立場の関係性です。カウンセラーは専門性をもつ人間としてカウンセリングを行っているので、専門性をもっていることが前提になりますが、クライエントにそうした専門性は求められません。クライエントは話し合われている事柄について、どのような観点から話をすることも自由ですが、カウンセラーは基本的に自分がもつ専門性の観点から話をすることを求められます。
最後に前2つの立場から離れた個人と個人の関係性です。ある立場における関係性はその場での個々人の言動を制限する側面がありますが、個人と個人の関係性ではそうした制限を受けないように振る舞おうとする傾向があります。多くの場合、個人と個人の関係性は背景に退いていますが、それゆえ何らかの影響を及ぼしていたとしても意識されにくいことが多いように思います。
やりとりが行われる関係性は他にもあるかもしれませんが、カウンセリングの参加者はひとつ、または複数の関係性から相手と関わっており、決まった関係性に留まることなく色々な関係性の間を動きながらやりとりを行っています。参加者同士がやりとりをしていると思っている関係性が一致していることもあれば、一致していないこともありますが、違和感を覚えた場合にはお互いがどんな関係性でやりとりを行っているか、整理して考えてみるといいかもしれません。
コミュニケーションの3つの水準
カウンセリングの参加者同士のやりとりの経路となるコミュニケーションは3つの水準を挙げました。言語的コミュニケーション、非言語的コミュニケーション、感覚的コミュニケーションです。言語的コミュニケーションは言葉によるやりとりです。言葉には一般的な意味と個別的な意味合いとがあり、同じ言葉を使っていてもその意味するところは異なるかもしれません。そうした意味合いのズレを埋めていくことが理解を深めていくための糸口になります。
次に非言語的コミュニケーションですが、これは声色や表情など言葉によらない意味の伝達手段です。言語的コミュニケーションに比べると意味合いの伝わり方は多様で、場合によっては非言語的に何かを伝えていることに無自覚であることもあります。明示的に何かを伝えることは難しいですが、心の中のものが全て言語化されているわけではありません。そのため心の中にあるものに気づき、それを言葉にしていく過程で非言語的コミュニケーションはとても重要なものとなります。
3つめは感覚的コミュニケーションです。これは言語や非言語で表れているわけではないけれど、なんとなく感じられるような感覚的、直観的なコミュニケーションです。場合によってはコミュニケーションというよりも気のせいと思うようなレベルのこともあるかもしれませんが、そのような微妙な「感じ」がカウンセリングを進展させることがあるので、コミュニケーションの水準として感覚的なものを考慮に入れることは大事なことだと思います。
コミュニケーションは全ての水準で同時に意味を伝えていますが、ある水準と別の水準で異なる意味を伝えている、伝わっていることは少なくありません。常に考えている必要はないかもしれませんが、コミュニケーションがスムースでないと感じた時には、どの水準で何を伝えあっているのかを整理してみることで引っかかりが見つかるかもしれません。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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