試行錯誤の神経学的な基盤とそれを阻害する要因について

1.PDCAサイクル
PDCAサイクルという言葉を聞いたことはあるでしょうか。PDCAサイクルは製造業などの産業界隈でよく使われている言葉なのですが、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)の頭文字を合わせたもので、課題の発見と修正のプロセスを表しています。
目標を設定して計画を立て(Plan)、実際にやってみてデータを収集し(Do)、データの分析を行って(Check)、課題を明らかにして改善策を講じる(Action)、という流れになります。以前話題になったトヨタのカイゼンはこのPDCAサイクルを取り入れているようです。
サイクルという言葉の通り、PDCAの流れは一度やればそれで終わりというわけではなく、何度も繰り返していくことでより良い状態を目指していくことが目的になります。ベストな状態が見つかったとしても時間の経過によって変わってくることもあると思います。
PDCAサイクルは産業界でよく使われる言葉といいましたが、仕事以外には適用できないかというと、そんなことはないように思います。PDCAサイクルは試行錯誤の過程をまとめたものだと思うので、PDCAの流れは誰もが行っていることだと考えられます。理論化することで流れが意識化しやすくなり、集団での作業も共有しやすくなるため、産業領域で使われることが多いのだと思います。
2.試行錯誤の生物的な基盤
上項で試行錯誤は”誰もが行っていること”と書きましたが、ある行動の結果が望ましいものではなかった場合に、また別の方法を模索する機能が脳には備わっているようです。
【玉川大学脳科学研究所 研究成果】大脳基底核回路の新たな機能を発見!望ましいはずの行動で結果が出ないときに代替案の模索を継続する
(玉川大学研究所)
何らかの行動から得られた結果に関する行動の制御には大脳基底核の活動が関わっており、直接路は望ましい結果が得られた行動を維持すること、間接路は望ましくない結果が得られた行動を回避するようになることに関係していることが分かっていました。ただ、維持するか回避するかのどちらかだけでは試行錯誤の行動をうまく説明できませんでした。
上記の研究では、それまで望ましい結果が得られたはずの行動から望む結果が得られない状況で、ラットにどのような神経活動が起こっているかを調査しています。
望む結果が得られなかったラットはしばらくそのまま待っている、再度同じ行動を繰り返すなどの行動が見られました。この間ラットの神経活動は間接路が持続的に活動しており、それはすぐに次の行動に移るよりも待っている場合の方が顕著でした。これは自分の行動と結果との関連性を考えているためだと思われます。人の場合でも今まで通りやってうまくいかなければ確認したり原因を探したりしますが、ラットの行動はそれと似ているように思われます。
望ましい結果が得られず間接路の活動が活発になっている状態で、なお特定の行動や状況に留まるということは、間接路の役割は行動の抑制や回避だけでなく、また別の方法を見つけるための働きもしていると考えられます。少し見方を変えると間接路は行動の抑制や回避ではなく、同じ結果にならないようにするために機能していると言えるかもしれません。
3.試行錯誤を妨げる要因
物事がうまくいかない状況で熟慮し試行錯誤するという行為は人はもちろん、他の多くの生物に備わった機能だと考えられます。課題を見つけ改善していくことはより快適な状況に自分をおくことができ、生存する確率を高める上でも有効な方法です。
ただ、脳神経学的にそのような機能があるからと言って、常に課題の発見と状況の改善を続けていけるとは限りません。傍から見て問題があるように見えても当人が問題だと思わない場合もあると思いますし、当人が問題があると考えていても改善に動かない、動けない場合もあります。
改善に向かわない理由はいくつかあると思いますが、心理学的な観点から見ると感情・情緒が改善を妨げる原因になっていることがあります。たとえば、無力感が強い状態では自分が何をしても無駄だと思い、苦痛のある状況から抜け出すための行動を全く起こさなくなってしまいます。あるいは変化に対する不安が妨げになることもあります。人は予測のつかない変化よりも予測しやすい安定を好む傾向があります。変化への不安が大きい場合には不都合があっても状況を変えないことを望むかもしれません。
人が自分に備わった機能を発揮するためには前提となる条件やタイミングが重要だと思います。課題のある状況に取り組みより良い状況に向かおうとすることは必要なことではありますが、前提条件やタイミングが整わない中でやろうとしてもうまくいかない結果に終わってしまうかもしれません。時間は無限ではないので難しいこともありますが、無力感や不安などの妨げる要因があれば、それに取り組みながら試行錯誤するための土台を整えていくことがまずは必要なことと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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