抗うつ薬の効果を高める要因 ~複数の治療法を組み合わせて行うことの重要性~
1.ストレスの影響
生活の中でストレスを感じることはあると思いますが、ストレスがあることが悪いということはなく、適度なストレスは心身の活性化に役立つことがありますし、ストレスが適度な緊張をもたらすことで、ストレスを感じている時の緊張とリラックスした時の弛緩のメリハリのある状態をつくりだすこともできます。
ただ、やはり適度を越えて過度なストレスが長期に渡って続いてしまうと心身に様々な症状をもたらしてしまいます。ストレスが身体的な症状として現れたものとして心身症などが挙げられますし、精神面に現れるものとしてはうつ状態などがよく見られる症状かと思います。
うつ状態では気分の落ち込み、意欲の低下、食欲不振や睡眠困難など色々な症状が現れるので、それらの症状が強ければそれまでの生活状況を維持することが難しくなってしまうことも珍しくありません。
ストレス要因が解消することでうつ状態が一時的なものとして経過する場合もありますが、なかなか回復してこない場合には医療機関や相談機関に行かれる方もいると思います。医療機関では主に向精神薬を用いた治療が行われますが、時々「薬が効いていないように思う」という話を聞くことがあります。
こうした治療薬の効果についての個人差はどのようなメカニズムで生じてくるのでしょうか。
2.抗うつ薬の効果を高めるメカニズム
うつ症状の治療には抗うつ薬が用いられますが、その作用メカニズムや個人差が存在する原因については不明な点も残っているようです。効果があることはわかっているけれど、何故効果があるのか全ては明らかになっていないということですね。
メカニズムの解明に向けた研究は継続的に行われていますが、そのメカニズムと効果を強める可能性に関する研究が久留米大学の研究グループから発表されました。
【研究成果】抗うつ薬の効果を高める分子スイッチを発見
(久留米大学)
過去の研究から抗うつ薬の作用には海馬の歯状回が重要な役割を果たしており、その歯状回の変化にはドパミンD₁受容体が関与することが報告されていましたが、海馬にはドパミンを放出する神経線維が少なくドパミン量が少ないため、ドパミンによって受容体が活性化されるかは明らかではありませんでした。
研究グループはドパミンとは別の物質であるノルアドレナリンに注目し、一定の濃度のノルアドレナリンがドパミンD₁受容体を活性化させること、また海馬のドパミンD₁受容体を活性化させるノルアドレナリンが、ストレスがかかった状態で運動をすることによって活性化されることを発見しました。
抗うつ薬の作用が効果的に働いていない理由のひとつとして、海馬のドパミンD₁受容体を活性化させるためのノルアドレナリンの濃度が十分ではなく、そのために抗うつ薬の効果が十分に発揮されないのかもしれません。
上の研究では自発運動によってノルアドレナリンの働きを高め、それによって抗うつ薬の効果が高まることが示されましたが、ノルアドレナリンの働きに関与する環境要因や食事などが発見されれば、うつ状態に至る前に予防することも可能になるかもしれません。
3.運動によってストレスから解放される?
久留米大学の研究でも運動がノルアドレナリンの働きを活性化させることが示されていましたが、運動とストレスの関連を取り上げたものとして以下のような記事を見つけました。
最新科学でわかった「ストレスを消す」ために休息よりも大切なこと
(ダイアモンドオンライン)
書籍の紹介記事なので、あまり詳しいことは書かれていないのですが、いくつか抜粋すると、
・定期的な運動によって「ストレス反応が和らぎ、心理的なストレス要因にも反応しにくくな」る
・「運動は、脳由来神経栄養因子(BDNF)を与えることで、脳を慢性的なストレスの悪影響から保護」する
・「運動で、ストレスを消すスイッチの修復もでき」る
などが挙げられていました。
脳由来神経栄養因子とは聞きなれない言葉ですが、「神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進などの神経細胞の成長を調節する脳細胞の増加には不可欠な神経系の液性蛋白質である」(Wikipedia参照)とのことです。
運動することは脳神経系の働きの活性化や成長を促し、そのことがストレスから心身を保護したり、ストレスを解消したりすることにつながるということかと思います。
4.改善方法を組み合わせて行っていく
うつ状態を改善させていくためには、海馬におけるノルアドレナリンの活性化が重要であること、またノルアドレナリンを活性化させるための方法のひとつとして、ストレスがかかった状態での運動が重要であることがわかりました。
心身の健康のために運動が重要であることは間違いのないことではありますが、運動によってストレスに関連する問題が何でも解決に向かうかというと、それはやはり難しいのではないかと思います。
うつ気分が重い状態では運動をすること自体に困難があると思います。その場合にはやはり投薬治療と安静が有効になるかもしれません。
長い期間に渡って抱えてきている問題があるとすれば、運動によってうつ状態が改善されたとしても独力で解決することは難しいかもしれませんし、解決できないままになれば再びうつ状態になってしまうかもしれません。
同じうつ状態であったとしても、どこに至った経緯は人それぞれ違っているでしょうし、そうなるとどんな対処が適切であるかも変わってくると思います。その時々の状態と抱えている問題に応じて、何をしていくかを考えることが重要でしょう。
うつ症状を改善するために投薬治療は有効ですが、お薬を使わない、効かない場合には運動療法や食事療法を行っていくことが必要になりますし、抱えている問題に対処していくために環境調整やカウンセリングが有用な場合もあると思います。
うつ状態を改善するための方法として単一の方法を用いるのではなく、自分の状態・状況に応じて複数の方法を組み合わせて行っていくことが治療効果を高めるためには有効な方法となります。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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