感情調整の失敗と修復、解離や抑圧との関連性について
1.感覚のコントロール・調整
前回のブログでは他者との間で生じる感覚・感情の共鳴とその相互調整について書きましたが、調整が具体的にどのようなものかについて抜けていたので今回はその点を少し補足しておきます。
前回の内容の中で感覚のコントロールの例として温度の調整について書きましたが、人間は恒温動物なので体温が極端に高い・低い状態が続くと生命の維持が困難になってしまいます。そのため体温が一定に保たれるように体を暖めたり冷やしたりして体温の調節を行っています。ただ、体温も常に同じ温度が良いというわけではなく、運動などで身体を動かす時には体温が高い方が活動性は高まりますし、睡眠時には体温を下げることでより深い睡眠をとりやすくなります。
その時の状況に合わせて体温にある程度の幅を持たせることで、その時の状況に適した体温になるように調節しているわけですが、感情の場合も同様に基本的にはその時の状況に合わせるかたちで調整されます。
ただ、調整がうまくいくかどうかはその調整が適切な方向に機能しているか、適切に機能するように学習されたかどうかといったことが関わってきます。たとえば、体温調節であっても体を動かすために体温を上げる方が良いと知らなければ準備運動などはしないでしょうし、発汗などの自律的な機能であってもそれが十分に機能していなければ体温を適切に下げることができなくなります。
2.自己調整、相互調整の発達
感情の自己調整、相互調整は脳の機能として自律的に働く部分もありますが、それが十分に働くためには人が生まれた後に適切な調整の仕方を学習し獲得していくことが重要になります。そのため相互調整の具体例を考えるなら赤ちゃんと親・養育者のやりとりがわかりやすいと思います。
生まれたばかりの子どもは空腹や不快感を覚えても自分でそれを解消することはできません。そのため泣くことによって自分が不快な状態にあることを伝えます。子どもの泣き声を聞いた親・養育者は子どもに食事をあげたりおしめを替えたりして子どもの欲求を満たすことで子どもを宥め、不快感が解消することで子どもは泣くのを止め再び静穏な状態に戻ります。
このやりとりを緊張感の調整という観点で見てみると、不快を感じると子どもの緊張が高まり泣く行動が動機づけられます。子どもの泣き声は親・養育者の緊張を高める方向に調整し、緊張の高まりによって親・養育者は子どもの世話をする行動に動機づけられます。子どもの世話をすることによって親・養育者の緊張は少し緩和されますが、親・養育者の緊張の緩和は子どもの緊張を緩和させる方向に調整します。子どもは不快感が解消したことでさらに緊張を下げ泣き止み、子どもが泣き止むことで親・養育者の緊張もさらに下げられます。
ここでは子どもと親・養育者の双方が自分の緊張状態の調整を行うと同時に、相手に影響を与えることで相手の緊張状態の調整も行っています。コミュニケーションに参加する双方の情緒状態が類似した状態に調律されることで双方の情緒が共鳴し一方の情緒の変化が直接他方の情緒の変化に結び付くようになり情緒の相互調整が行われるようになります。
子どもが小さいうちは特に自分の感情を調整することは難しいですが、親・養育者との相互調整を繰り返していくことでそのやりとりが内在化されていき、内的な他者との相互調整を通して次第に自分自身の感情を調整することが出来るようになっていきます。
3.相互調整の失敗と修復
子どもと親・養育者とのやりとりは毎日のことでもあり数えきれない程繰り返していくことです。そのやりとりの全てで十分な感情の調律と調整が行われている、かというと決してそんなことはなく、調律や調整がうまくいかない場面も数多く発生します。その時々の事情によって合わないこと、合わせられないことはあると思います。
調律や調整がうまくいかない場面では、ネガティブな感情はより強くなったりより長く持続したりしますし、ポジティブな感情は肩透かしを食らって急速に冷めてしまうかもしれません。ただ、このような調律・調整の不全がすぐにその後の発達に良くない影響をもたらすということはありません。
もう一度子どもと親・養育者のやりとりから考えてみましょう。乳児の子どもが泣く理由はいくつかありますが、たとえば排泄後の不快感で泣いている時に親・養育者がお腹が空いていると思ってミルクをあげたとします。この場合子どもの不快感は解消されず緊張は高いまま保たれることになり、親・養育者の緊張も世話をすることでやや落ち着いたとしても再度高い状態に戻ってしまいます。ただ、緊張が高いままということは何かしらの行動を起こすことに動機づけられた状態なので、子どもは泣き続けるでしょうし、親・養育者は子どもの世話を続けようとします。ここで子どものおしめを親・養育者が替えてあげれば子どもは泣き止んで両者の緊張状態は落ち着くことになります。
このように最初の調律・調整がうまくいかなかったとしてもその後の再調整がうまくいくことで子どもと親・養育者双方の感情状態は適度なものに落ち着いていきます。一度破れてしまったものであってもそれが修復されることで、その経験はネガティブなものでなくポジティブなものとして記憶されます。
子どもが小さいうちは、調整の修復は即時的に行われることが必要ではありますが、相互調整の経験が内在化されていくことで子どもは失敗した際の欲求不満に耐える力がついてくるので必ずしも修復が即時的なものである必要性は薄くなっていきます。
4.調整されないままの感情
楽しいことを楽しむ、悲しいことを悲しむなど、感情を感じたり表現したりすることは健康にとって重要なことですが、強い感情はそれがあまり長く続いてしまうと心身を疲弊させてしまいます。そのため時間的にも強度的にも適度なものになるように調整することが必要になります。
自己調整、相互調整は日常的に行われていることで多くは無意識的に為されています。基本的には調整に失敗したとしても再度調整する方向に動機づけられるのですが、数多く行われることで中には感情が調整されないまま残されてしまうこともあります。
強い感情が調整されないまま残っている時の対処法は年齢や対処する力がどれくらい獲得されているかによります。乳幼児の場合には強い感情が存在する時に相互調整がうまく行われないとすれば自分でその感情を調整することは困難です。そのため乳幼児はその感情が存在しないかのように、あるいは自分のものではないかのように自分から切り離すことで対処しようとします。もう少し成長した子どもや大人の場合には解離させるほどの対処はしませんが、意識に上らないように抑え込むことで一時的に感情を棚上げしそこから生じるストレスに対応します。
(関連ブログ:記憶を意識に上らせないメカニズム ~抑圧と解離について~)
抑圧の場合には自己調整の力が発達することで他の対処法に派生していき、複数の対処法を用いることで感情が調整されないままでも問題なく過ごせることもあるかもしれません。ただ、解離も抑圧も自分から感情を遠ざける対処法であり、感情自体は調整されないまま残されることになります。そのため何かしらのきっかけによって情緒的な問題が生じる可能性は残ります。
全ての情緒的問題に調整されないまま残された感情が関係しているわけではありませんが、特に人との関係から生じている情緒的問題には関連していることもあるかもしれません。難しさもありますが、たとえ解離された感情が長期間存在したとしても時間を経て他者との間で調整される可能性はあると思います。何かしらの情緒的な問題を抱えている時には他者との間で調整されなかった感情という観点から自分自身を振り返ってみることも有用かもしれません。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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