比較から自己と対象を知ることとそのために生じる感情
1.比較とカテゴリー
天秤にかけるという言葉がありますが、何かと何かと比較検討するというのは、良くも悪くも人が持つ性質のようなものかもしれません。二者択一の状況でどちらかを選ぶ時も両者を秤にかけてどちらがより良い結果を得られそうか考えることがありますし、自己と他者を比較してその違いに一喜一憂していることもあります。
全ての状況で比較することが必須のことかというと、必ずしもそうとは限らないように思いますが、何かと何かを比較するという作業は両者の違いを知ること、さらにそれぞれの特徴を理解していくためには重要な作業です。
ふたつのものを比較するだけなら、ただそれらが違うものということを知るだけですが、比較するものが増えていけば、ただ違うというだけでなく似ているところもわかってきます。違うもの、似ているものを分類することで複数のカテゴリーをつくることができますが、厳密な分類のためには類似点と相違点を理解することが必要です。
こうしたカテゴリーを自分の中につくっておくことで、初めて目にするものであってカテゴリーに照らしてそれが安全なものか、危険なものかを判断することができます。判断をより正確なものにするためにはより緻密なカテゴリーが必要になるため、おそらく比較する作業は生涯に渡って続けられていくものなのではないかと思います。
2.比較と感情
最初に良くも悪くもと書きましたが、比較することによって自己や対象について知り、理解することは安全と危険を見分け、生存確率を高めることになるので、その点は比較することの利点ということができます。ただ、比較して知り理解することの後には判断と行動があり、その判断や行動次第では比較することが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。
知って理解したと思っていたことに誤りがあって判断や行動を間違ってしまうということもありますし、知ることによって自己愛的な傷つきを被ったり葛藤を抱えたりといったこともあります。知らなければ良かったと思うような経験をしたことがある人は少なくないのではないでしょうか。
どんなに緻密に比較検討しより深く知り理解しようとしたとしても、それが誤りである可能性をゼロにすることは不可能なのではないかと思いますし、知った内容を無感情に受け入れ淡々と理解していくことが常に出来るわけでもありません。適切ではない判断や行動を起こす可能性は常に存在しているわけです。
間違いがあれば訂正すればいい話ではありますが、それを難しくするのはやはり感情的な問題なのではないかと思います。間違うことに対する恐れがあれば思い込みや否認につながるかもしれませんし、劣等感が強い場合には視野が狭まるかもしれません。感情が常に妨げとして働くわけではありませんが、望ましくない結果が続いている場合にはそこに感情的な問題が存在しているかもしれません。
3.サルも他者の報酬が気になる
比較することによって生じる感情としては羨望や嫉妬、優越感や劣等感などが挙げられます。これらの感情は自己と他者を比べて、他者が自分にはない価値のあるものをもっているように感じられたり、能力的な優劣を認識したりすることで生じる感情です。これらの感情は他者のことを気にすることで生じる感情ですが、他者を気にすることと行動の関連について神経学的なメカニズムを明らかにする研究が発表されていました。
他者の報酬を気にしなくなるサル
~他者の報酬情報を伝える神経回路が明らかに~
(生理学研究所プレスリリース)
この研究はニホンザルの報酬に対する行動を調べたものですが、事前の研究から以下のことが明らかになっています。
①「サルもヒトと同様に他者の報酬を気にする」
②「大脳皮質の内側前頭前野には自己または他者の報酬情報を処理する神経細胞が存在する」
③「脳幹に近い視床下部外側野には報酬の相対的価値を処理する神経細胞が存在する」
研究では、内側前頭前野から視床下部外側野に至る神経伝達を遮断することでサルの行動に変化が現れるかどうかを検証されました。
事前の行動観察として、サルが他者(他のサル)の報酬情報によって行動に変化があるかどうかが検証されました。その結果、自分への報酬が一定であっても他者の報酬が増えるほど、自分の報酬への価値づけが低下することが確認されました。
上記の行動が観察されたサルに神経伝達を一時的に遮断するためベクターウィルスが投与されましたが、ウィルス投与後には他者の報酬が増えたとしても自己の報酬を価値下げするような行動は見られませんでした。
以上の結果から、他者の報酬を気にするという認知には、内側前頭前野から視床下部外側野への情報伝達が重要であるという示唆が得られたということでした。
4.自己と他者の比較で生じる感情
サルも人間で言うところの嫉妬や羨望の感情をもっているのかもしれないということも興味深かったですが、サルも群れ社会を形成して生活しているため、他者の関係性を考慮することは欠かせないのかもしれません。
上記した研究は嫉妬や羨望という感情の神経学的な基盤を解明するために行われた研究ではありますが、自己と他者の報酬を比べて生じる感情は嫉妬や羨望ではないと思います。今回の研究では、対象となったサルが自分の行動によって報酬の多寡を変化させられるような研究デザインではなかったので、取り上げられないのは仕方ないのですが、自己の報酬が他者の報酬より少ないことを知ってむしろモチベーションを高めるなど、自己と他者を比較した際に生じる感情にはいくつかあると思います。
生じてくる感情や行動の違いがどんな要因によるのかというのは興味のあるところです。性格や経験の違いと考えられることもありますが、同じ人であってもある時は羨望が高まり、別の時にはやる気が高まるということもあると思います。
他者と自分を比べてその結果に落ち込むことは珍しくないですし、”人のことなんて気にしても仕方ない”とアドバイスされることもありますが、自己と他者を比較することは人の性のようなものと思いますし、ある相手との比較が気にならなくなったとしても、また別の相手との比較が気になってしまうかもしれません。
気になるものを気にしないようにするのは難しいですし、起こってくる感情は抑え込みがたいものですが、羨望や嫉妬、劣等感などを感じた時には、何故そうなってしまうのかという自己理解につなげられると、気持ちを切り替えたり有益な行動をとったりすることができるかもしれません。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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