メンタルヘルスの維持・増進における組織的取り組みと個人的取り組みの相乗効果
1.適度なストレスと過度なストレス
人は常に、は言い過ぎかもしれませんが、日常的に様々なストレスを感じています。自分にとって嫌な出来事だけでなく、良い出来事であってもストレスになる可能性はありますし、あるいは空腹感などの生理的な欲求もストレスになりえるものです。
ストレスは緊張や不安、怒りなどの感情を生じさせますが、あまりに些細なことの場合には記憶に残らずほとんど意識されないかもしれません。ただその場合でも無意識的なものとしてストレスは蓄積されます。
小さなストレスであれば時間の経過とともに薄れていきますし、趣味などの活動でも解消されていきます。しかしながら、解消できないままストレスが積み重なってしまったり、一度の出来事であっても過大なストレスを受けてしまったりした場合には、対処することが難しくなり心身の健康を損なってしまいます。
ストレスはそれが適度なものであれば人の心身に刺激を与え活性化させ、生活に張り合いをもたせるものになりますが、過度なストレスが長く続いてしまうと不眠や食欲不振、不安や気分の不安定さなど心身に色々な症状が現れ、通常の生活を送ることが困難になってしまいます。
2.メンタルヘルス予防の組織的な取り組み
近年、従業員のメンタルヘルス対策に取り組んでいる企業は増えているようですが、それにもかかわらず休職者は横ばいか増加傾向にあるようです。これは対策の効果がまだ表れていないとか効果が薄いということもあるかもしれませんし、以前よりもメンタル不調による休職が認められやすくなったということもあるかもしれません。
対策に取り組む企業は増えているものの、多くは個人に焦点を当てた介入であり、組織に焦点を当てた介入を行っている企業はまだ少ないようです。そのため東京大学の研究グループはそのような組織への介入の指針となる提言を行っています。
労働者の精神健康の保持・増進はどうあるべきか?
――6 つの提言――
(東京大学大学院 医学系研究科・医学部プレスリリース(PDF))
この研究は過去に行われた複数の研究に関して分析を行ったものですが、その結果からうつ病発症のリスク要因、メンタルヘルス増進に効果的な介入、組織の取り組みへの提言を導き出しています。
組織的な対策への推奨事項の提案としては以下の6つになります(以下引用)。
①「精神的問題および精神障害のリスクを増加させる科学的根拠のある労働環境を規
制し、管理すべきであること」
②「精神的に健康な仕事を形成する方針を作成、改善すること。特に非熟練労働者お
よび低所得労働者の労働環境に焦点をあてること」
③「組織内の全ての階層において精神的に健康な仕事を創り維持するための指針、お
よび管理監督者および労働安全衛生の専門家のための体系的な能力向上および教育訓練プログ
ラムを促進するための指針を作成するこ」
④「精神的問題および精神障害を持つ者が労働に参加できるように、国がサポートす
ること、また職場環境を改善すること」
⑤「精神的問題および精神障害の臨床的評価、診断および管理において、仕事と労働
環境に関する情報を常に考慮すること」
⑥「国の精神保健の戦略の中に職場が含まれることを確実にし、職場のメンタルヘル
スの重要性について社会的な認識を醸成すること」(引用ここまで)
これらの事項は個人のメンタルヘルスの維持・増進ができるような働き方や問題を抱えている場合の発見や介入も目的としていると思いますが、メンタルヘルスの悪化を予防するような組織づくりというところに重点があるように思います。個々人が自分の健康管理をしていくと同時に、組織の中での共通認識や目標が醸成されれば、より効果的な予防につながるのではないかと思います。
3.個々人の健康管理
今回の研究は労働環境におけるメンタルヘルス増進を扱っていましたが、組織的な取り組みという点では労働環境以外でも適用することができるかもしれません。提言をそのまま適用することは難しいかもしれませんが、内容をアレンジすることで、たとえば学校でのメンタルヘルス教育などに応用できるのではないかと思います。
集団の意識改革によってメンタルヘルスの維持・増進を進めることができれば、個人への対策と合わせてより効果的な予防につながるかもしれませんが、仮にそれが進められるとしてもまだ先の話になるのではないかと思います。集団の中で共通認識を浸透させていくためにはやはり時間が必要でしょう。
そのため現状では個々人が自分の精神的な健康を維持していけるように取り組んでいくことも大事だと思います。もちろん上でも挙げられていたいじめや嫌がらせについては一人で対処しようとせずに責任ある立場の人を加えていくことが必要ですが、抑うつ感と関連したストレスであれば意識的に取り組めることもあるかもしれません。
4.抑うつと罪悪感と攻撃性
抑うつの特徴は世界、将来、自己に対する悲観的、否定的感情や思考ですが、抑うつと関連の深い感情として罪悪感や自責感が挙げられます。他者に対して申し訳ないという気持ちが強く、そのことから自分を責める思考になってしまい、それが続くことで悲観的、否定的な見方が止められなくなるのだと思います。
労働における高ストレス環境下では、そのストレスには自分だけでなく他者が関係していることがほとんどだと思います。たとえば、仕事でミスをした時には他者に対して申し訳ないという気持ちになりますが、それを叱責されたとすれば、自分が悪いと思いつつも相手に対して苛立ちを感じることもあるのではないでしょうか。
そうした苛立ちは一種の攻撃性と考えられますが、抑うつ感の強い人の場合は他者への攻撃性が強く抑え込まれて自分だけに向いてしまうように思います。他者へ攻撃性が向くことに恐れをもっているのかもしれませんが、罪悪感や自責感だけでなく、他者への攻撃性が抑圧されることもストレスの原因のひとつだと思います。
自分の攻撃性を開放することで罪悪感や自責感が和らぐ可能性があると思いますが、抑うつ的になっている場合には、そもそも自分の攻撃性には気づけないこともあると思います。そのため自覚してから解消しようとするのではなく、ストレス解消の行動に攻撃的な要素を加えてみるといいかもしれません。何かを叩くでもいいと思いますし、競争要素のある活動に参加してみることもいいと思います。
ストレスを感じている時にそのストレスを解消するための活動を行うことは重要ですが、抑うつ的になっている時には、攻撃性を開放するような活動を行うことがより効果的になるかもしれません。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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