錯覚は成長の証?発達と経験が錯覚の起こさせる
1.視覚情報の統合と錯視
人は様々な事物に囲まれて生活しています。たとえば、今私の目の前にはPCのディスプレイがありますし、座っている椅子やディスプレイを置くデスクなどが存在しています。こうした様々な物の情報は写真を撮るようにまとまって人が受け取るわけではなく、ひとつひとつの情報を個別に受け取って、脳内でそれらの情報を統合し、その統合された情報が見ている物として認識されます。
個別に受け取った情報を統合し状況を認識しているということは、実際の状況と認識された状況にはズレが生じる可能性があるということです。無いものを認識することは幻覚と呼ばれますが、有るものを実際とは異なって認識することは錯覚と呼ばれます。視覚の錯覚を錯視と言いますが、錯視という言葉は聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。
錯視には、大きさの錯視や方位の錯視など、多くのものが発見されています。以下のサイトに錯視が起こる幾何学図がいくつか載っていたので参考にしてください。
北岡明佳の錯視のページ
(人によっては見ていると気持ち悪くなってしまうかもしれません。その場合はすぐにサイトを閉じて少しの間安静にしていてください)
幾何学模様で起こる錯視以外にも、たとえば地平線に近い月が大きく見えることや蜃気楼なども錯視の一種と言われています。
錯視のメカニズムについては現在でも仮説が立てられている段階で、定説というのはないようですし、また錯視の種類によって異なるメカニズムが働いていると考えられているようです。
2.乳児は世界をそのままの形で見ている?
錯視の原因は不明ながら人の生理的なメカニズムから起こっているなら、どんな人にも同じように錯視は起こっているように思われるかもしれませんが、必ずしもそうとは言えないようです。錯視には個人差があることが知られていますし、また大人に比べると子どもは錯視が起こりにくいようです。
子どもがだまされにくい理由:「エビングハウス錯視」研究
(WIRED)
大人に比べて子どもに錯視が起こりにくいのは神経系の発達がまだ途上にあるということも関係しているかもしれませんが、外的な情報を受容する感覚器官の発達には環境的要因が影響することが知られています。
1970年に猫を対象に行われた実験ですが、視覚情報として垂直の線のみが見える環境で育った子猫は、水平な線を視覚情報として認識できないことが明らかになっています。その後の経過によって回復した機能と回復しない機能があったようです。
(Blakemore and Cooper, 1970)
成熟度合いや環境要因によって主観的に見えているものに違いがあると考えられますが、生後半年未満の乳児では、そもそも錯視が起こっていないという結果が得られた研究もあるようです。
赤ちゃんには錯視が生じない?
~生後半年未満の乳児における特徴統合能力~
(北海道大学プレスリリース)
上記の研究では、錯視が起こる原因が視覚的なフィードバック処理にあるのではないかと述べています。フィードバック処理とは、視覚情報を脳内で統合するフィードフォワード処理に対して、統合された視覚情報をもとに網膜に映る視覚情報を補正することです。生後半年未満の乳児はフィードバック処理が未発達なため、錯視が起こらないのではないかと考えられます。
3.錯覚は起こるものという前提
神経系の発達によって外的な情報の認識が洗練される反面、その洗練によって外的情報の誤認識、錯覚が生じるようになるというのは興味深いことです。これは目の前の事物よりも頭の中のイメージが優先されてしまう結果なのだと思います。。神経系の発達には、前項で見た猫の実験のように、生物的な成熟だけでなく環境からの刺激も重要になります。ただ、環境からの情報が多ければ多いほど錯覚も生じやすくなるのかもしれません。
錯覚は視覚などの感覚器官のみで起こるものではなく、心理的な領域でも起こるものだと思います。代表的なものは認知バイアスでしょう。認知バイアスは一種の思い込みですが、~に違いないとか、~しか考えられないなどの思い込みによって、情報の一部だけに意識が集中してしまい判断を誤るというものです。これもやはり自分の中のイメージを過度に優先した結果と思います。
乳児に錯覚が生じていなかったとしても経験や学習を重ねることで神経系は発達し、いずれ錯覚が生じるようになります。錯覚を起こさないために経験や学習をさせないというのはあり得ないので、人に錯覚が起こることは不可避のことだと思います。これは心理的な錯覚も同様でしょう。
そうすると重要なことは、自分に錯覚が起こっていることを前提としたうえで、都度自分の認識を調整していくことだと思います。心理的な点に限定して言えば、自分にどんなバイアスが起こりやすいか、そのバイアスが生活の中でどのように働いているかなどを知り、自分の判断や行動を見直していくことが大事だと思います。
もちろん、バイアスがあるからダメということではありません。感覚器官の錯覚が情報認識の効率化のために起きているように、バイアスも状況の認識や理解に役立つからこそ生じているのだと思います。ただ、そのような効率化が常に役立つとは限らないという意識を持っておくことが重要だと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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