痛みの主観性と心理状態の影響、他者へ伝えることの難しさについて
1.痛みの主観性
大人になって怪我をすることは減りましたが、子どもの頃は外で遊ぶことも多かったですし、遊びに夢中で転んで怪我をするなんてこともよくありました。今でもぼんやりして体をぶつけて痛い思いをすることも少なくないですが…。
怪我をしたり内部に炎症が起こっている時には痛みを感じますが、同じような怪我や炎症の程度であっても、人によってどの程度痛みを感じているかは異なっていることがあります。そもそも痛みは主観的な感覚なので比べることは難しいでしょう。
それでも他の人の様子を見て「痛そう」と感じることはありますが、これはその人の怪我や腫れの程度から痛みを想像しているということです。共感的な感覚や痛みの想像によって、自分の痛みと他者の痛みを結びつけているのだと思います。
そう考えると、痛みの強さの感覚には怪我や炎症の程度といった身体的な感覚だけでなく、痛みに対するイメージなど心理的な感覚も影響していると思います。もちろん大怪我をしていたら問答無用で強い痛みを感じるでしょうが、痛みの強さは心理的な状態によってある程度左右されるものだと思います。
2.痛みの心理的な影響
痛みの程度の感覚に心理的な状態が影響するなら、反対に痛みの感覚が心理的な状態に影響を及ぼすことも起こります。心と身体のつながりはブログの中でも何度か言及しましたが、それは痛みの場合も同様です。
長く続く痛みは心理面に様々なネガティブな影響を与えます。抑うつ的になったり痛みに対する不安が強くなったりすることもありますし、痛みが続くことで眠れなくなったり疲労感を感じたりすることもあります。
痛みの原因が明確で、それを治療することで痛みが治まっていくなら、それほど問題になることはないと思いますが、痛みの原因がはっきりせず検査によっても特定できない場合は痛みに対する悩みを抱えることになってしまいます。
ただその場合でも心理的な要因のみで痛みの感覚が生じているかどうかはわかりません。持続的な疼痛では脳を含む神経系の炎症が起こっている可能性が示されていますが、それも確定的なものとは言えないようです。
3.痛みに対する心理療法
痛みが治まらず長く続く状態は疼痛性障害と呼ばれています。たとえば、線維筋痛症や幻肢痛などはこの疼痛性障害の一種です。疼痛性障害は難治性であることが知られており、治療を進めていってもなかなか痛みの症状が治まらないことが少なくありません。
上でも挙げたように、痛みには身体的要因だけでなく、心理的な要因も関わっています。そのため痛みの治療には、身体的な治療と併せて心理的な治療も必要になることがあります。痛みが様々な精神症状を引き起こすため、そのような症状の治療が必要ということもありますが、痛みの緩和にも心理的な治療が有効な場合があります。
疼痛性障害の発症・維持に心理的なストレスが関わっていることがあり、心理的なストレスに対処していくことで痛みが緩和することもありますし、疼痛のために生じた精神症状が痛みをさらに強めている場合には、精神症状の緩和が痛みの緩和につながることもあります。
痛みの治療に心理的な治療が必要というのは妙に思えるかもしれませんが、痛みの原因そのものが不明だったとしても、疼痛の発症・維持に心理的な要因が関わっている場合には心理的な治療は有効だと思いますし、仮にどんな要因が関わっているかわからなかったとしても、心身両面から治療を考えていくことは重要だと思います。
4.疼痛のメカニズム
疼痛性障害についてはまだまだ不明な点も多く、確実に有効な治療法は見つかっていない状況ですが、原因や治療法を特定するための研究は行われています。
線維筋痛症における慢性疼痛発症メカニズムの解明 ~固有感覚異常による疼痛誘導とミクログリアによる疼痛記憶~
(名古屋大学 研究成果発信サイト)
この研究はマウスを用いた線維筋痛症類似の状態に関するものですが、無意識的な筋緊張が持続することで、ミクログリアという免疫細胞が活性化されます。薬剤によってミクログリアの働きを抑制すると痛みがひいたことから、ミクログリアの過活動状態が疼痛を引き起こしている可能性が示されていました。
マウスはストレス環境下に置かれることで線維筋痛症が生じていました。人の場合でも不安を感じることで交感神経が活性化し心身が緊張状態になりますが、痛みを訴える人の中には不安や緊張が慢性的になって、そのために痛みが生じていると考えられる場合があります。
疼痛の全てが同じメカニズムで生じているかはわからないですが、持続的な過緊張への対処が疼痛治療のポイントのひとつになるかもしれません。
5.自分の状態の仮説を立てる
人は外傷や病状によって他者の痛みを知ることができますが、逆に言うと、そのような目に見えるものがない場合には他者の痛みはわかりづらくなります。ある人が痛みを抱えていたとしても、それを示すものが見つからない場合には人に伝えることが難しくなりますし、場合によっては誤解されてしまうこともあります。
今回取り上げた疼痛性障害に限らず、膠原病、あるいは精神疾患などにおいても、症状に対する原因がわからない場合には、なかなか治療につながらないことがあります。自分の状態が伝わらないことが続くと、諦めの気持ちが強くなり治療への意欲が萎えてしまうこともあるかもしれません。
目に見えていないものを伝えることは大変ですし難しいことですが、自分が今抱えている状態がどんなことから生じているのか、その可能性についていくつかの選択肢を持っておくことで、人に自分の状態を伝えやすくなることもあると思います。
特に検査をしても痛みの原因がはっきりしない時には、疼痛性障害の可能性を考えてもいいと思いますし、その可能性を浮かべることができれば疼痛に専門性のある病院に相談することもできます。なんとなくであっても自分の状態について仮説を立てることで、その仮説の正誤も含めて専門家と話がしやすくなるのではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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