出来事の事実関係を変えることはできなくても、過去に対する認識を変えることはできる
1.過去の出来事
人は生きていく中で様々な出来事を経験します。強く記憶に残る出来事もあるでしょうし、ほとんど意識されないような出来事もあると思いますが、中にはあの時に戻ってやり直したいと思う出来事やなかったことにしたい出来事もあるかもしれません。
ただ、時間は過去から現在、そして未来へと一方向に流れているものです。現在は次の瞬間には過去になっていき、その流れを止めることはできません。後悔先に立たずと言いますが、過去になった事実関係そのものにはもはや触れることはできません。
実際に起こった事、事実に対して、人は良い事、悪い事、どちらでもない事と色付けをしたり、どれが重要とか重要でないとか重みづけをしたりしますが、事実そのものはそういった色づけや重みづけに関係なく、変わることなくただ過去になっていくだけです。
事実は人の認識とは無関係に独立して在るものです。そのため事実と人の認識には齟齬が起こることは珍しくありません。
2.過去の変化
事実関係は変わらないといいましたが、では人の主観的な過去の認識も同じように変化しないものかというとそういうわけではありません。過去になった事実とは異なり、人がもつ過去の認識は時間とともに変化していくものです。
事実と人の事実に対する認識はズレることが当たり前に起こるわけですが、それは人が事実をそのまま受け取っているわけではなく、人がそれぞれ持っているフィルターを通して事実を受け取るためにズレは起こっています。
2-1.記憶の変化
変化の要因のひとつは記憶です。ある出来事の記憶はそれを記銘した時には鮮明なものであったとしても、時間の経過によって少しずつ変化していきます。これはただ単に記憶が曖昧になっていくというだけではなく、よく覚えているように感じる記憶であっても、他の記憶と混同していることもありますし、思い込みによって記憶の一部に加飾や欠落が起こっていることもあります。
記憶の変化は無意識的に起こってくるものです。忘れたい記憶があったとして、忘れようとおもって忘れられるものではなく、後になってから忘れていたことに気づく(思い出す)という性質のものです。
記憶が変化していることに気づくことは何かきっかけが必要なことが多いように思います。よくあるのは誰かと過去の出来事について話をしている時に、お互いの話がかみ合わないことなどでしょうか。経験したと思っていた出来事の詳細がまるで違っていたなんてこともあるかもしれません。
過去の出来事の事実関係は確認できないこともあります。過去の出来事の記憶が仮に事実と異なっていたとしても、その違いに気づくことがないとすれば、過去の出来事が変化したと考えることもできると思います。
2-2.意味づけの変化
人が何らかの出来事を体験する時、事実をそのまま受け取っているわけではなく、五感などの感覚の働き、出来事にまつわる感情や出来事に対する意味づけなど、出来事に対していくつか加工をした上で受け取っています。人それぞれ異なった加工を行っているため、同じ事実を経験したとしても主観的な体験は異なっており、そのため記憶にも違いが生じきます。
こうした加工は体験時のものが永続的に残るわけではなく、記憶と同じように変化していく可能性のあるものです。特に出来事に対する意味づけは意識的に変わることがありますし、意味づけが変わると出来事にまつわる感情も変化するかもしれません。
出来事の意味づけの変化というのは少しわかりづらいかもしれませんが、物語における伏線をイメージすると理解しやすいかもしれません。
たとえば、誰にでも威嚇する気の荒い猫がいて苦々しく思っていましたが、後からその猫には子猫がいたことを知ったとします。この時その猫の行動に対する解釈は、威嚇する猫→子猫を守る親猫のように意味づけが変わるかもしれませんし、そうすると猫の行動を苦々しいとは感じなくなるかもしれません。
このように起こった出来事の事実関係自体は変わらなくとも、出来事に対する解釈や意味づけは変化し得るものですし、そうすると出来事にまつわる感情にも変化が起こるかもしれません。
3.過去の再構成
人は生きていく過程で様々な出来事を経験するため、中にはなかったことにしたいような後悔した出来事もあると思います。既に起こった出来事の事実関係を変えることはできませんが、その出来事に対する記憶や意味づけの変化によって、出来事に対する認識を変えることはできます。
記憶の変化は無意識的に生じるものなので、自分が望むような変化が記憶に起こるかどうかは運次第ではありますが、出来事の意味づけについての変化は、全てではないにしても部分的には意識的に起こせるものです。
出来事とその出来事に対する意味づけや情緒の結びつきが強いほど、変化させることは容易ではなくなりますが、過去の出来事で心理的な重荷を感じていることがあれば、その出来事の意味づけを変化させるよう試みてもいいかもしれません。変化が起きたとしても常にうまくいくとは限りませんが、過去に対する認識が変わることによって気持ちが軽くなることもあるのではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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