自閉スペクトラム症の発現に関与する遺伝子要因について
1.自閉スペクトラム症の特徴
人は集団で生活しているため、人の社会生活に他者との関わりは外せないものです。どんな生活を送っているかによって、どのくらいの人数の人と関わっているか、どんな関係を構築しているかは変わってきますが、実際に顔を合わせるかどうかにかかわらず、一人の人の生活には必然的に多くの他者が関わっています。
人間関係を円滑に進めていくためには、関係性を把握する力やコミュニケーションのためのスキルが求められますが、そのような力やスキルにはやはり個人差があります。得意とする人もいれば苦手とする人もいますが、力やスキルは経験によって育まれる部分ともっている特性によって左右される部分とがあります。
特性は生まれつきのものと考えられていますが、社会生活を送ることに難しさが生じる特性は自閉スペクトラム症と呼ばれています。社会的関係性を把握することの困難、コミュニケーションの障害、活動や関心を抱く範囲の限局性が主な特徴とされています。
社会的関係性とは、たとえば人間関係の相関図のようなものです。人や組織がどのような関係性で結ばれているかを把握するには俯瞰的な視点が必要です。自閉スペクトラムの特徴をもつ人は細部を把握することは得意なことが多いのですが、俯瞰的な見方をすることが苦手なため、社会関係の把握に困難をもつことが多いように思います。
自閉スペクトラム症の特性をもつ人は人間関係に対処するための力やスキルを身につけることに困難を抱えているため、他者との関係につまずいて社会生活自体が難しくなってしまうことも少なくありません。
2.判断の難しさ
自閉スペクトラム症は上で挙げたように、社会性、コミュニケーション、活動・関心の幅に主な特徴があります。スペクトラムとはその特性の程度に個人差があるということですが、そもそもそれらの特性は有るか無いかというものではなく、人間の誰しもが備えているものなので、自閉スペクトラム症の診断には判断の難しさがあります。
社会性やコミュニケーションの力やスキルを数値化することは難しいですが、0から100の両端に位置づけられる特徴をもっていれば判断に困ることはあまりないですが、極端な特性をもつ人はそう多くはありません。50を真中としてその前後に位置する人がほとんどですが、ではどこから自閉スペクトラムと判断されるかという線引きは簡単には引けません。
広く使われている診断基準では、複数の項目のうちいくつ当てはまるかということから診断を行いますが、その項目に当てはまるかどうかについて人によって判断が分かれることもあります。また現在の診断基準では社会生活に支障を来たしていることも診断の条件のため、仮に自閉スペクトラムの特性をもっていると見なされる場合であっても、問題なく生活を送れているようなら、診断をつけないという判断もありえます。
社会性やコミュニケーション能力は得意不得意はありますが他者との関わりの中で生きている以上誰もが備えているものです。また人と人の関係には相性というのもありますし、社会性やコミュニケーション能力が損なわれる状態は自閉スペクトラム以外にもあります。そのため自閉スペクトラム症かどうかという判断は難しいものになってしまうのです。
3.自閉スペクトラム症の発症要因
自閉スペクトラム症の発症要因に関しては現在でも不明な点が多いです。遺伝的な要因や脳神経系の機能障害などが仮説として提示されていますが、発症のメカニズムは明らかではありません。近年の研究では、CHD8という遺伝子の変異が自閉スペクトラム症の発症に関与しているとして注目されています。
自閉症発症の分子メカニズムを解明
―CHD8遺伝子変異による自閉症発症のリスク予測と実証―
(九州大学 研究成果)
CHD8は胎児の発育に重要なタンパク質の生成に関係する遺伝子ですが、この遺伝子に変異が生じることによって遺伝子が発現しない、つまり細胞の構造や機能が十分に形成されないことで、タンパク質の生成が不十分になってしまい、そのことが自閉スペクトラム症発症の原因となっているということです。
ただ、CHD8遺伝子に生じた変異の全てが直接自閉スペクトラム症の発症に関与しているわけではないようです。CHD8の遺伝子変異で発症要因の全てを説明できるわけではありませんが、変異と症状の関連を明らかにすることができれば、より正確な診断を行うことができるようになるかもしれません。
4.長期的視点と短期的視点
自閉スペクトラムの原因として遺伝子要因が大きいとすれば、メカニズムが解明されることによって、将来的に遺伝子治療などが開発されるかもしれませんが、現状では特性そのものを変化させる方法は見つかっていないため、自閉スペクトラムの特徴をもつ人への支援は、療育やスキルトレーニング、環境調整などが主なものになります。
ただ、社会生活では予測しないことが往々にして起こりますし、自閉スペクトラムの特徴をもつ人は身につけたスキルを他の場面にも応用することに苦手さをもつ人が多いため、支援を受けていたとしても困りごとを抱えやすいかもしれません。
そうした困りごとを長く抱えていると、心身に症状が生じる可能性は高まりますし、生活上の悩みを抱えることもあります。そうした症状や悩みは二次障害と呼ばれ、その原因となる一次障害、もっている特性にフォーカスした支援が優先されることがありますが、症状があれば治療が必要ですし、悩みがあれば取り組むことが必要です。
もっている特性に応じた生活環境をつくっていくことは重要ですが、環境づくりはどうしても時間がかかり限界もあるものなので、目の前の問題に対処していくこともやはり重要なことです。長期的な見通しに応じた取り組みと短期的な問題に応じた取り組みを、その時々の状況に合わせて行っていくことで、環境づくりと本人の力・スキルの向上が進んでいくのではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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