学習内容を長期記憶へ移行させることに対する運動の有効性
1.どうしても思い出せない
何か新しいことを始めた時、最初は初心者なので当然手際は拙いことが多いですが、繰り返しやっていくことで少しずつ上達していきます。これは手順や動作を記憶することが効率化や円滑化につながるためです。記憶することは生活を送るための重要な要素であり、仮に毎日記憶が完全にリセットされるとしたら、まともに生活することはできないでしょう。
記憶は基本的には反復することで定着していきますが、必ずしも毎日のように見たり聞いたりしているものが記憶に定着しているとは限りません。たとえば、家の近所で工事が始まったけれど、前にどんな建物が建っていたのかどうしても思い出せないという経験はないでしょうか。位置的に考えれば必ず見ているはずなのに記憶に残っていない、思い出せないということが起こりえます。
これは記憶にはいくつかの種類があり、記憶の種類によって性質が異なるために起こるものです。注意の向け方によって意識に上るものもあれば上らないものもありますし、覚えていられる時間も異なります。
2.短期記憶と長期記憶
記憶の分類にはいくつか種類があるのですが、今回は短期記憶と長期記憶という記憶の保持時間と記憶容量から分類したものをお話します。
外的世界についての情報は感覚受容器、視覚や聴覚を通してもたらされます。この記憶は感覚記憶と呼ばれていますが、この記憶は受容器で受け取った感覚は意識されていないものも含めて一旦は記憶として保存されます。ただこの感覚記憶の保持時間は、受容器によって若干の差はありますが、長くても数秒と短いため、意識されない対象はほとんどが残らずに消えていきます。感覚記憶の中の意識された対象が短期記憶に送られます。
短期記憶の保持時間は数秒から数時間と少し幅があり、感覚記憶よりは長く残りますが、やはり短時間で消えていってしまいます。また短期記憶の特徴として記憶容量の小ささが挙げられます。個人差はありますが、同時に保持しておける容量は7±2、あるいは4±1と言われています。それ以上覚えていようとしても既に覚えたものは意識に残らなくなります。これは短期記憶が意識と関連が深いことの表れと考えられます。人が意識していられる範囲はどうしても限定されるため、短期記憶容量も限られたものとなります。
ただ意識に残らない対象が全て記憶から消えてしまうわけではありません。一度忘れてしまったものでも後から思い出すことがありますが、これはその記憶が短期記憶から長期記憶へ移行したことを意味しています。長期記憶の要領には制限がないと考えられており、保持する時間も基本的には永続的であると考えられます。しかし、実際には以前確実に記憶した事柄であっても思い出せないということが起こります。これは記憶が失われた結果かもしれませんし、記憶が失われたわけではなく、記憶の検索、想起の失敗かもしれません。
3.運動が記憶力を高める?
記憶の重要性は情報を蓄えることにあると思います。意識的には忘れられている記憶であっても後から思い出せることで、その情報を利用することができますし、この先何が起こるかという予測を立てることができます。仮に短期記憶容量が無限であったとしても、今目の前にある情報しか使えないとしたら、円滑に生活を送っていくことは難しいと思います。
体験した記憶をいかに長期記憶に蓄えていくかが重要になりますが、これが意外と難しいことだと思います。単純な反復だと覚えきれないこともありますし、記憶術なども合う合わないがあると思います。そのため、記憶することに役立つ方策をいくつか持っておくと使い分けや組み合わせなどで記憶しやすくなるかもしれません。
20分間の運動で記憶力アップ!8週間後も効果が続く!
(北海道教育大学プレスリリース)
運動に記憶を促進させる効果があることは以前から知られていましたが、その持続期間は長くても1週間程度と考えられていました。しかし上記の研究ではそれを大きく超えて8週間程度維持されることが明らかになったようです。
この研究で被験者は単語を学習し、その後に覚えてた単語を思い出すテストを行いました。被験者は2つのグループに分けられ、ひとつはテスト前に中強度のサイクリング運動を行うグループ、もうひとつは座位安静で何もしないグループでした。グループ間のテスト結果を比較すると、4週後までは正答数に差はなかったものの、6週後、8週後では運動を行ったグループの方が正答数が多くなっており、運動をすることで長期記憶が強化されることが認められました。
4.脳の活性化や気分転換かも?
覚えたことを短期記憶から長期記憶に移行させていくことは、基本的には反復することで記憶を定着させることになりますが、しかしただ反復させるだけでは、覚えようとしたことは覚えていても内容をうまく思い出せないということもあります。読み書きしながら覚えることや関連付け、たとえば歴史の年号を語呂合わせするなど、をすることで、より記銘しやすくなったり思い出しやすくなったりするかもしれません。。
今回取り上げた研究では運動の長期記憶への影響が明らかになりましたが、たとえば日常的に運動する習慣がある場合とない場合はどんな結果になるのか、運動の強度や種類によって結果に違いが表れるかどうかなどはまだわからないことですし、興味の引かれるところです。
記憶が脳の働きによって行われていることを考えれば、運動によって脳が活性化し、それが記憶のメカニズムに有効な影響を与えているというのはあり得ることだと思いますし、記憶作用を促進させるためには、記憶する内容と関連したことを行わなければならないというわけではないということだと思います。一見記憶することとは無関係に思えることであっても、記憶力を高めることに役立つことは色々あるかもしれません。
また今回取り上げた運動であれば、単に記憶を促進させるというだけでなく、心身の健康にとってもプラスに働く可能性がありますし、そうした良好な健康状態によって記憶作用が促進されるということもあるかもしれません。
記憶は曖昧になりやすいので何が有効かわからないこともありますが、なかなか学習が進まないと感じた時には、気分転換的に運動をしてみてはいかがでしょうか。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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