自閉スペクトラム症における社会性の障害の改善を示唆する治療薬の研究について

1.暗黙のルールと自閉スペクトラム症
人は集団で生活を送る生き物です。そこでは他者との何らかの交流は欠かせません。特に現代ではどこか人里離れた場所で自給自足の生活を送るのでない限り、完全に他者との接触を断って生きることは難しいと思います。
集団における生活では、特定の集団に共有されるルールが成立していきます。それは法律のように明文化されているルールもあれば、集団のメンバー間でなんとなく共有される暗黙のルールのようなものもあります。
暗黙のルールは誰が明言したわけでもなく、なんとなく成立して共有されるものですが、突然成立するものではなく、集団のメンバー間のコミュニケーションを通して形作られていきます。ただ、そのコミュニケーションが婉曲で曖昧な言い方だったり、何かしらの意味を示唆するような行為であったりするため、分かりづらいことも多いのですが、同じことが繰り返されることで少しずつ各メンバーに浸透していきます。
自閉スペクトラム症の人はこうした「なんとなく」を掴むことに苦手さを抱えています。コミュニケーションをうまくとることができなかったり、多少とも掴めたとしてもこだわりがあってルールに乗ることができなかったりします。結果として集団に馴染むことができず、孤立してしまい生きづらさを感じるかもしれません。
2.痛み止めが自閉スペクトラム症の治療薬?
自閉スペクトラム症の人は社会的、心理的な支援の枠組みに入ることが多いのですが、現状で行われていることは、子どもの場合は療育であったり、大人の場合はソーシャルスキルやアサーションのトレーニングなどが基本的なものです。薬物療法が用いられることもありますが、その対象は精神症状や衝動性などになります。
トレーニングを通して具体的な生活場面の適応を高めることが目標になることが多いのですが、それは自閉スペクトラム症の特性を持つために抱えている困難への対処法を身につけるもので、自閉スペクトラム症の特性である、社会性の障害を直接的に改善する方法は現在のところ実用化はされていません。
ただ、社会性を改善する方法も研究されていて、薬物療法はその方法のひとつになります。
【研究成果】自閉スペクトラム症の薬物治療へ新たな光! ~鎮痛作用を示さない低用量オピオイドが社会性に関わる機能を改善~
(広島大学プレスリリース)
この研究はラットを用いた動物実験の段階なので人に対する作用は未知数ではあるのですが、通常鎮痛剤として用いられるモルヒネなどの薬剤を、鎮痛作用をもたらさない低用量で使用した場合には、ラットの社会的行動の低下を改善したということです。
自閉スペクトラム症の人の中には、感覚刺激に対して過敏だったり、反対に鈍感だったりなど、予想される反応とは異なる反応を示す人がいますが、感覚の中でも痛みの制御と自閉スペクトラム症との関連性を示す遺伝学的研究があり、そのことから今回の研究の計画に至ったそうです。
3.薬物治療以外の方法も見つかる、かも
痛みと自閉スペクトラム症という一見関係なさそうに思える事柄が、脳の制御を介して結びつくというのは興味深いことです。脳の処理機能はプロセス的なものだと考えられるので、感覚刺激を処理する部位と社会性やコミュニケーションを処理する部位が、そのプロセスの一部を共有しているのかもしれません。ミラーニューロンという他者の行動や感情を理解するための神経細胞も関係しているかもしれません。
実験段階の話であまり想像を膨らませてしまうのはよくないかもしれませんが、脳の機能の解明が進んでいけば、薬物以外の方法で社会性の改善にアプローチすることができるようになるかもしれません。社会性の能力はスペクトラム、あらゆる人に得手不得手の濃淡があるものなので、社会性の能力を変化させる方法の発見は多くの人のメリットになるかもしれません。
社会性の改善は大きなトピックだと思いますが、それが完成したからといって、現在行われているスキルの獲得や環境マネージメントという方法が行われなくということはないように思います。能力はあってもスキルがなければ問題に対処することはできないですし、集団の中で起こっている問題に個人で対処することが難しければ、環境面にアプローチすることが必要になります。
より有効性の高い方法が確立するにしても、全ての人に対して同じ効果を発揮するとは限りませんし、やはり問題にアプローチする方法の選択の幅は広い方が望ましいのではないかと思います。
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「文責:川上義之
臨床心理士、公認心理師。病院や福祉施設、学校などいくつかの職場での勤務経験があり、心理療法やデイケアの運営、生活支援などの業務を行っていました。2019年に新宿四谷心理カウンセリングルームを開設、現在は相談室でのカウンセリングをメインに行っています」
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